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サイラスと昼食を摂ったあと、エリオットは一度宿舎に帰って茶会用にローブと服を着替えた。
休憩してから再び詰所に戻るとすでにプリエンテ家の使用人が控えていた。食事からあまり間を空けないということは軽食を伴わないタイプの茶会のようだ。

「お待ちしておりました、ヴィレノー教授」
「ああ、頼む」
「館へは馬車を使用いたしますので、こちらへ」

詰所から少し離れた場所に小さな軽装馬車が停められていた。エリオットは使用人と並んでそこに乗り込んだ。
使用人は御者でもあり、彼が鞭を振るうと鈴をリンと鳴らしながら馬がゆっくりと動き出した。
初めて入るプリエンテ家の敷地は刈り込まれた植物のアーチで区切られていた。地続きであるので劇的な変化はないが、それでも宮廷内の私有地という特殊な敷地はもの珍しく感じる。

馬車は館の前で停まった。
プリエンテ家の館は非常に古い造りの建築様式だ。それは時代遅れというよりも歴史の重みを抱かせる立派さである。そして宮廷内では珍しく精霊濃度が比較的低い場所だった。
ステップを降りるとプリエンテ家の家令がエリオットを迎え、館の中には入らずに直接庭園へと誘導した。
庭は季節の花々が咲き乱れており白い石像が品良く配置されていた。
日差し避けに煉瓦で簡素に組まれた東屋があるが、開いた天井部分に樹木を這わせて木漏れ日が振り注ぐ造りになっている。
東屋の下には椅子とテーブルが置かれていて、数人の女性達が思い思いのお喋りに興じていた。

「あっ!先生!先生が来たわっ!」

先ほどの訓練時の動きやすい服装から少女らしいドレス姿に変身したリアレアが、さっそく声を上げる。その隣には所在なさげにきょろきょろとしているシルファンもいた。
リアレアが大げさに手を振ったことで周囲の女性達の視線が一斉に集まりエリオットは気後れた。
しかし、まずはこの茶会の主人であるプリエンテ夫人に挨拶をしなければならないため、平然とした顔で家令の案内に付き従った。

「お招きありがとうございます、プリエンテ夫人。とても見事な庭ですね」
「歓迎いたしますわ、ヴィレノー先生。この庭で育てたハーブを使ったお茶や焼き菓子もありますのよ。ぜひ召し上がってらしてね。さあ、皆に紹介しますからこちらへ」

エリオットは自分に向かっている視線とひそひそとした笑い声に居心地悪さを感じた。
女性ばかりの茶会の作法など分からないうえ気の利いた会話術も不得手だが、とりあえず苦手な愛想笑いなどをしてやり過ごすしかなさそうだ。

プリエンテ夫人は一人一人にエリオットを紹介して回った。
見る限り妙齢の女性揃いだ。皇室ゆかりの貴族女性に、高官の妻や息女、さらにその侍女たちなど、男性の姿はエリオットとシルファンしかない。
ほんの数分しか過ぎていないというのに、エリオットは一刻も早くこのきらきらしい空間から抜け出したくて仕方がなかった。
ただ救いは、リアレアが常に傍に付いていて代わりに会話を受け持ってくれていたことだ。むしろ大好きな先生を自慢したくて仕方がないといった様子だった。

「まあ、では教授が邪悪な黒竜を完膚なきまでにしたというお話は本当のことですの?」
「はぁ……何度聞いても心躍るお話だわ!先生」
「リアレア殿下のお話の通りね」
「いえ、友人の助力があってこそです。私一人ではとても……」
「ワイズヴァイン隊長でしょう?あの方も力強く素晴らしい殿方ですものね」
「ところでヴィレノー教授は、ノーザン地方コーラントのお生まれなのですってね。風光明媚な土地だと聞いておりますわ」
「あら、コーラントといえば葡萄酒で有名な地でしょう?コーラント産はわたくしの父も愛飲しておりますのよ」
「私の父や伯父も、宝石より入手が困難だと嘆いておりましたわ」
「教授、お茶のおかわりはいかが?」

エリオットは女性たちに囲まれ、あちらこちらへと飛ぶ話題に付いていくのに必死だった。なぜ話に締め括りがなく途切れがないのか、女性に感じる不思議の一つである。
シルファンもエリオットの陰に隠れて控えめに頷くばかりだ。
そのとき、会話を楽しんでいたリアレアがひときわ大きな声を上げた。

「あっ!姉様!」

姉様という単語に反応してエリオットの背筋が伸びた。小走りに茶会の輪を抜けたリアレアのうしろ姿を目で追う。
日傘を差した乳母に伴われて小柄な少女が庭園の入り口に立っていた。リアレアが『姉様』と呼ぶからには第一皇女のことだと予想したが、彼女は肖像画とは全く違った容姿だ。
そしてエリオットははたと思い至った。少女はプリエンテ夫人に良く似た面影であると。
彼女をいたわるようにリアレアがそっと腕を添える。

「セラ姉様、お加減は?起きていて平気なの?」
「大丈夫よアリー。今日はとても調子がいいの」

年が近く、本当の姉妹のように愛称で呼び合うリアレアと少女。
リアレアが少女を伴ってゆっくりと歩いてきたので、エリオットは椅子から立ち上がった。

「先生、セリーナお姉様よ!ヨランダおばさまの子の中では一番下なのだけど、私とは生まれたときから大の仲良しなの!」
「初めましてセリーナ様。殿下の教師役を務めております、エリオット・ヴィレノーと申します」
「ごきげんよう、教授。お会いできて光栄です。セリーナ・プリエンテですわ」

小さく膝を折ったセリーナは、たっぷりとした柔らかな布地のモスリンドレスを着ていた。
プリエンテ家三姉妹の一番下の姫ということは、噂で聞いている、前・第十二旅団長と問題があった少女だ。


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