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プリエンテ夫人から茶会の誘いを受けたあたりで特別講義の終了時刻が過ぎた。
エリオットは広間から退室して客間に移動した。最近は宮殿の衛兵にも顔を覚えられ、廊下の移動くらいは一人でしても咎められない。
客間では、宮殿の中継役であるホライナス指導長がソファーでいびきをかいていた。待ち時間ができたのをいいことに老人らしく彼はすぐ寝てしまうのだ。

エリオットはホライナスを起こして、宮殿から詰所へと移動した。
日々の働きはティナード旅団長に逐一報告する決まりになっているので早々に日課を済ませる。
ティナードから労いを受けたあと詰所の廊下を歩いていたそのとき、背後から急に両目を覆われてエリオットは顔を顰めた。

「だ〜れ〜だっ!」
「……悪ふざけはやめてくれ、サイラス」
「あったりィ」

視界を塞ぐ手を払いのけて後ろを振り向くと、予想通りのにやにや笑いを浮かべたサイラスの姿があった。
ここのところ、午前の勤めを終えたあとはラルフかサイラスと行動をともにすることが多かった。
サイラスは副旅団長という肩書きのわりに閑職のようだ。魔花の駆除のような、サイラスでなくては務まらない特殊な仕事以外は日中フラフラとしている。
ラルフにそれとなく事情を聞いてみたところ、森からの大事な預かり人ということで激務から故意に遠ざけられているらしい。
森独自の知識は膨大で生き字引として頼りにされているようだが必要とされる事態もそれほど多くなく、同じく時間の空いているエリオットにこうして頻繁に絡みに来るのだ。
エリオットも一般にあまり知られていない森の生活に興味があるので、話をしているうちに共にいる時間が多くなった。

「昼、これからだろ?一緒に食べよう。――ときにキミ、午後はヒマ?」
「悪いが予定がある。茶会に招待されたんだ」
「茶会?誰の?」
「プリエンテ公爵夫人だ」

エリオットがそう打ち明けると、サイラスはケタケタと笑った。

「ふんふんなぁるほど!お嬢様方の見せ物になりにいくわけね!」
「まあ、そういうことだろうな」
「うっかり縁談を組まれないように気をつけてね〜コイビトに怒られちゃうよ〜」
「…………」

エリオットの眉間に皺が刻まれる。
明言したことはないのにも関わらず、エリオットに恋人がいることをサイラスは鋭く察知していた。かといってたびたびそういってからかわれるのは不愉快でならない。

「オレもここに来た頃はしょっちゅうあったなァ、そういうの。最近あんまりないからつまんなぁい」
「気にならないのか?その……見せ物状態にされて」
「なんないねー。自分の容姿は気に入ってるし、着飾ってそれを褒められるのは大好きだよ」

ちゃり、と硝子玉を五つ連ねた耳飾りが音を立てて揺れる。ほとんど毎日のように顔を合わせているが、同じ衣服などないかのように装いがころころと変わるサイラス。
ローブや装飾品全てが彼をより輝いて見せているのだからその言葉に嘘はないのだろう。

「ま、それはいいとして。じゃあ茶会のあとにオレのとこにきて。ちょっと手伝ってほしい仕事があるんだ」
「仕事?宮廷魔法使のか……?」
「そんな顔しないでって。だ〜いじょ〜うぶ。今回のはちゃんと旅団長に許可もらってるから。ただの警備だよ」
「警備なら、ふさわしい役職の人間がいるだろう」
「……ホントさ、キミのその謙虚さっていうか面倒くさがりはなんなの?もうちょっと野心ってものを持とうよ!」

野心がないわけではない。しかしエリオットは必要以上に宮廷に馴染んでしまいたくなかった。
居場所を作ってしまってからの、その後の空虚さが怖いのだ。皇子と皇女に愛着が湧きはじめている己を律しているほどだ。一時滞在の身分でそれだけは避けたい。

「まあ聞いて。外国から賓客が来るからその警備なんだけど、ちょっと人手が必要でね。まァある意味お祭りみたいなモノだから一緒に見物がてらおいでよってことさ」

エリオットのように宮廷魔法使組織の客人は珍しいが、宮殿での客人は非常に多い。
宮殿には絶えず何人もの客が滞在している。外国の要人を招いてはもてなすのが皇室の仕事でもあるからだ。
その警備の仕事を手伝えとサイラスは言いたいらしい。

「それに宮廷魔法使の仕事があるって言えば、退屈な茶会をすぐに抜けられるだろ?」
「……集合場所は?」
「そうこなくっちゃ!三時の鐘が鳴ったら詰所においで。ちょっとくらい遅れても構わないから」
「わかった」

何にせよ、抜け出す口実が出来るのは幸いだ。


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