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何事も、やり方を覚えるともっと大きなことを成してみたいと考えるのが人間の性。リアレアはその典型だった。
ブノワはそんな彼女に基礎以上の中位魔術を密かに教えていたようだ。指導者としてあるまじき行為である。
天賦の才でそれすらやってのける者もいるのは確かだが、たいていはそうすることで術におかしな癖がついてしまう。
殊に皇女は国の代表として国内外へ規範を示さなければならない立場だ。そういった浅はかさは好ましくないだろう。

「ん〜ん〜……先生のやり方を教えてっ!」
「『選り分け』の感覚は人それぞれです。お教えしたいのですが、こればかりはご自分で模索し覚えてゆかなければなりません」
「そんなぁ」

リアレアががっくりと肩を落とす。
引き寄せる、引き剥がす、概念化する、摘み出す、分離する、掴む、等々――『選り分け』の感覚は個人の好みによるので一概にどうすれば良いかとは言えない。
エリオットは分離して引き寄せる方法を好んでいるがリアレアがそうだとは限らないのだ。
精霊濃度の高い宮廷内では混ざり具合も濃厚なため『選り分け』が特に難しい。案外、この場所よりも濃度が低いと思われるプロヴリ校に入校してしまえば、あっさりとできてしまいそうだ。

リアレアが唸っている様を微笑ましく見ていると、背後からローブの裾を軽く引かれたのでエリオットは振り返った。
いつの間に傍に来ていたのか、シルファンだ。

「先生……あの、おばさまが……」
「小母さま?」

シルファンが指す先は広間の入り口だった。そこには従者を伴った上品な婦人が立っている。暗褐色の豊かな髪を結い上げたふくよかな女性だ。
年嵩の既婚者が着るような落ち着いたドレスと扇を持っているところから、それなりの年齢なのだろうと察する。
リアレアはその姿を認めるや否やあっという間に走り寄り、婦人に勢いよく抱きついた。

「プリエンテのおばさま!」
「あら、レディらしくないお行儀ね、リアレア」
「えへへ、ごめんなさぁい!」

広間にリアレアの元気な声が通る。聞こえてきた『プリエンテ』という単語にエリオットは軽く眩暈がした。突然現れたこの婦人は、プリエンテ公爵夫人のようだ。
ラルフから聞かされた前任の第十二旅団長の話が脳裏に蘇り、緩んでいた緊張感が引き締まる思いだった。姿勢を正してすぐに頭を垂れる。
皇室の縁続きで宮廷内に居を構え、執政もしている公爵家。リアレアに対し我が子を愛でるかのごとくの愛情に溢れた態度でいることから、その絆の深さが窺える。

「お仕事からいつ帰ってらしたの?ウィストバはどうだった?」
「昨日ですよ。あなたたちにたっぷりお土産があるから、楽しみにしててね」

夫人には慈善事業の大使としての顔がある。
彼女は長い内紛を経て近年独立国家になったばかりの小国、ウィストバへ視察に行っていたようだ。

「さあリアレア、あなたの先生を私に紹介してちょうだい」
「うんっ!こっちに来て、おばさま!」
「シルファンも、少し見ない間に一段と凛々しくなったわね」
「あ、ありがとう……ございます、おばさま」

プリエンテ夫人に声を掛けられたシルファンは、はにかみながらもじもじとエリオットの影に隠れた。
リアレアと違って、異性の親戚に対して照れ臭いような複雑な感情があるのだろう。

「あのね、あのねっ!エリオット・ヴィレノー先生よ!ブノワが……その、今お休み中だから、その間の先生なの!」
「リアレア、私も件の話は聞きましたよ」
「ご、ごめんなさい……あの、ブノワは悪くないのよ。私のせいなの」
「……ええ、もう何度も怒られているでしょうから、私からは何も言いません。ブノワも少々困ったところがある子だもの、事情は分かっているわ」

夫人は手に持った扇を口元に持って行き、優雅に溜め息を吐いた。

「先生、プリエンテのヨランダおばさまよ!」
「初めまして、ヴィレノー先生。ヨランダ・プリエンテですわ」
「ただいまご紹介にあずかりました、エリオット・ノーザン・ヴィレノーと申します。何卒お見知りおきを、プリエンテ夫人」

エリオットが恭しく挨拶をすると、プリエンテ夫人はその耳に付けられた黒い飾りを見て「あら」と声を上げた。

「まあ……奥様はお亡くなりに?」
「はい。八年ほど前に、病で」
「お寂しいことですわね。再婚などは考えていらっしゃるの?」
「……妻は生涯ただ一人と決めておりますので」

その言葉は嘘ではないが、現在同性の恋人がいる身であるせいでエリオットは声が小さくなってしまった。
それを寂寥の気持ちからだと思い込んだ夫人は、エリオットへ慈しむ視線を送った。

「オルキア人らしい誠実な方ね」
「ねえおばさま、ウィストバのお話を聞かせて!黄昏平原に広がるホーホーの群れは見た!?湖に映る暁山脈は!?」
「はいはい、それはこのあとお話してあげますよ。今はあなた方をお茶会へ誘いに来たの。シルファンも、そしてヴィレノー先生もね」

話を振られてエリオットは思わず顔を上げた。リアレアが興奮したようにピョンピョンとその場で跳ねる。

「先生も!?わぁ嬉しい!」
「いえ、私のような者がいては場を白けさせてしまいますので……」
「そんなこと言わないで、ね、ね、一緒に行きましょう先生!お願い!」
「ふふ、身内だけの小さなお茶会ですのよ。プリエンテ敷地内での私的な集まりですから気を楽にして参加なさって。それに、姫たちがあなたを近くでひと目見たいと、とてもかしましいの」
「は……?」
「あら、ご本人のお耳には入ってらっしゃらない?近頃宮殿にいらしている麗しい殿方の噂。颯爽としたお姿が素敵だと、姫や侍女達の間で評判ですよ」

エリオットは目新しい話題が好きな女性達の恰好の的になっているようだった。かといって主催者直々の誘いを断るのも難しい。

「それでは、僭越ながらご招待ありがたくお受けいたします」
「とても嬉しいわ。お昼過ぎの頃、詰所に遣いを向かわせますから伴っていらしてね」
「承知いたしました」
「……聞いている通りの真面目なお方ね」

少々呆れたような夫人の嘆息が聞こえた。


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