戯曲パレード


エリオットが宮廷の代理教師に着任して半月が過ぎたが、リゲラルト師団長帰還についての話は音沙汰なしだった。
宮廷に滞在しはじめてすでにひと月が経とうとしていた。
不安を感じつつも、午前の二時間ほどを教師役に費やす日々が続いた。先の一時間をシルファン皇子に、次の一時間をリアレア皇女に。

二人の教師役を受け持ってエリオットが感じたことは、リアレアは非常に賢く理解が速いということだ。一方でシルファンは一つずつ堅実にものを覚えてゆく性質のようだった。
ただし皇女は注意力散漫ですぐに別のことをしたがり、皇子はとにかく進みが遅い。
そういった性格の違いのため、一人ずつ授業をしたほうが効率が良いのだった。

リアレアは以前から座学を苦手としており、しょっちゅう抜け出してはあれこれと悪戯に精を出していたようだ。ところがエリオットが教師になってから素直に机に向かうようになったのだという。
少女にとってエリオットは『憧れのリュシアン様』であり、むしろ喜んで授業を受けたがった。それは他の教師や従者が驚くほど普段の破天荒ぶりを引っ込めた振る舞いだった。その様子に、皇女に手を焼いていた従者達は誰もが喜んだ。
架空の人物との違いにすぐに幻滅するだろうと思っていたエリオットだが、日に日にリアレアに好かれる一方だった。





「――まだかなり混ざってますね」
「ええっ!ザッカリー先生もブノワもこれでいいって言ってたのよ」
「もちろん殿下のお年でそれだけ術を会得しておられるのは素晴らしいことです。ですが私から言わせていただけば、殿下はまだまだ上達しますよ」
「うぅ〜……うん、もう一回やるわ!」
「その意気です」

エリオットがそう言うと、リアレアは杖を持ち直して基礎の火魔法を行使した。ボッと火がともるがひどく雑味の多い術だった。案の定、すぐに火は霧散する。

「はぁ……出来てると思っていたけれど『選り分け』って意外と難しいのね」
「何事も基本が肝要ということです」

リアレアがぺたりと大理石の床に座り込んでしまったので、エリオットは少し離れた場所を見やった。そこにはシルファンが風魔法を操っている姿がある。
エリオットの視線を受けてシルファンが慌てて術を中断した。

「皇子殿下、とてもお上手です。そのまま続けてください」
「……っ、は、はいっ!」

嬉しそうに笑ったシルファンは、もう一度「<ウェントゥス>」と風魔法の呪文を唱えた。術の精度は彼のほうが上だというのが、エリオットの見立てだ。

――現在、エリオットと双子は宮殿内の広間にいる。
数日前にエリオットが魔術の実践学の免許を持っているとリアレアに知られてからが大変だった。
魔術に関する教育は別の教師が受け持っているのだが、リアレアはぜひエリオットの――彼女の本心としてはリュシアン様の――講義を受けたいと騒いだのだ。
エリオットの授業ならば真面目に受ける皇女のこと、その言葉を聞いた周囲がぜひにとエリオットに頼み込んだ。
魔術教育の専任教師の顔を立てなければならないためエリオットは当初渋った。しかし驚いたことに、リアレアだけではなくシルファンも特別講義を受けたいと主張したのだ。
皇子、皇女の懇願と周囲の圧力を無碍にすることもできず、結局通常授業から三十分だけ延長するという条件で了承した。

そういった経緯でエリオットは二人同時に教えることになったのだが、それぞれに筋が良く、なかなかに教えがいがあった。
けれどリアレアはとにかくリュシアン様に近づきたいとみえて火魔法ばかりをやりたがるのが、教師としてのエリオットの悩みだ。

「やはり火だけではなく他の術も試してみてはいかがですか。相性もありますので、皇子殿下のように万人が扱いやすい風魔法から始めるというのは……」
「いいえっ!私はどうしても火がいいの!だってリュシアン様も先生も得意でしょう!?」
「……とりあえず、基礎の繰り返しをしましょうか」
「はぁ……早く先生みたいに炎の精霊王と契約したいのに、じれったいわ……」
「誰でもすぐにとはまいりません。私も経験を積んでようやくですから」

エリオットがそう諭すと、リアレアは立ち上がって乱れた前髪を直した。

「殿下、もう一度『選り分け』の復習をしましょう」
「はいっ!えっと、精霊は常時くっついたり離れたりを繰り返しています。その中から各要素を選り分けてこちらの世界に顕現させます」
「完璧です。表層に漂う目に見える精霊ならばそれも慣れてしまえば容易でしょう。しかし深層の精霊界はそうはいきませんので、乱暴に言ってしまえば感覚に頼るほかありません。これはもう少し専門的な理論がありますが今は割愛いたします」
「それをするには、とにかく『選り分け』の感覚を養うということでしょう?先生」
「その通りです。お二人とも素質が優れておいでですので、基礎を体で覚えてしまえばそれほど難しいことではありませんよ」

精霊は火や水といった要素が明確に分かれているわけではない。
経験の浅い術者は精霊の『選り分け』が上手くできずに要素が混ざり打ち消しあってしまい、比例して術の威力も落ちる。純度が高ければ高いほど少ない魔力で高威力が出るのだ。
魔術の良し悪しはこれが基本である。この『選り分け』の感覚は個々の生まれ持ったものもあるが訓練次第でいくらでも磨くことが出来る。もちろん最終的にものをいうのは天性の才能だが。

術者の血が好物の精霊ではあるが、代謝が活発で若々しい子供の血に対しては反応が鈍い。これは魔術研究の観点から諸説あるが、未だ明確には明かされていない。醸造酒のように円熟した状態を好むというような冗談めいた一説もあるほどだ。
そういった理由から子供の行使する術は暴発はないかわりに威力は制限される。
一番気をつけなければならないのは、術を体得し、心身ともに充実してくる成人――十八歳、あるいはその前後だ。そのあたりから精霊本来の働きを見せるため魔術事故が多い。そうならないためにも『選り分け』の訓練は重要なのだ。


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