4


どれもエリオットが知っている歴史とは違う捉え方だ。だからこそ、彼らがあえて隠している事実なのかもしれなかった。

「もちろん森ではこんな風には言わないよ。自分達は神の地に居住を許された選ばれし者の末裔――そんな感じの綺麗な言葉でね。オレも子供の頃はそれを信じきってたし」
「なのに疑いを持ったのか?」
「うん。だんだんね、変だなって思うようになったんだよ。だったらどうして世界中にオレたちの存在を知らしめようとしないのかなァって。オレたちは森に篭ってないでみんなに尊敬されて然るべきじゃないかって。それをしない理由は何だろうって」

そうして考えていくうちにわずかな矛盾が出るようになったのだ。
大陸の先住民から見ればただの異種族による侵略者でしかない祖先。
宣託とは本当のことだったのか。神聖ゆえに手付かずの大地を我が物にせんとする奸邪の驕りがあった可能性は?
サイラスはそういった熟考を経て、ローグローグの森を嫌悪するに至ったのだ。
必死に始祖種族を美化し「我らは選ばれた存在だ」と声高に言いながら人間種族を貶める大人達が、滑稽で醜悪に見えて仕方がなかった。
だからサイラスは兄弟の誰より魔術も勉学も励んだ。森から出るために。

ステラ族はその特殊性ゆえ近親婚や一生を森で終える者も少なくない。
しかし一方で、時に宝石にも例えられる美しい種族は、森を不可侵の状態に保つための貢ぎ物としてしばしば他国へやられることがあった。
一番良いのは娘子を権力者に輿入れさせることだが、如何せん淘汰されやすい種族のため、余程のことがない限り森では禁忌としている。
九番目で種族の血が薄いほうだとはいえ族長の息子が宮廷魔法使になるのならば、帝国にも森にも相互の繋がりが出来るという旨い『取引』だった。サイラスはそれを狙ったのだ。

「……森のステラ族はこの大陸を忘却大陸なんて呼ばないんだ。そう呼んだのは他の始祖種族たち。いざ踏み入ってみたら聖地に神の姿はなかった、ゆえに神に忘れられた大地……なんて名前、皮肉だよね〜。笑えるよ」
「その言い方だと、始祖種族たちは決裂しているように聞こえるが」
「そうさ。森に住んでてもみんな仲良しってわけじゃないんだ、これが。だいたいひと括りされるけどね、全然違うから。始祖種族のなかでも特に力のある褐色肌の彼らだって、本来の種族名を自分達以外の口から言われるのを嫌ったせいで誰も呼ばないだけだし」

褐色肌に金や銀の髪色、青い瞳の彼らは始祖種族としか呼ばれない。彼らがそう望んでいるからだ。
大戦後、当時の権力者であったオルキア女帝と彼らの第二王子が添ったため現在のオルキア皇族にはその特徴が強く現れることが多い。現皇帝や、シルファン皇子とリアレア皇女も、それだ。

「……この石は」

サイラスの重く沈むような声で、エリオットは太古の幻影からハッと引き戻された。

「聖地への侵攻時に他大陸から持ち込まれた、始祖種族の遺物だよ。オレも実物を見るのは初めてだけど」
「忘却大陸にはない鉱物ということか?」
「少なくとも現在まで見つかってない。これ以上はオレにも森の制約がかかってるから、言えない」
「…………」
「この前、鍛錬場でさ」

一度言葉を切って、サイラスが静かに息を吐く。エリオットもつられて詰めていた呼吸を緩めた。

「炎の精霊王の動きが途中から鈍ったんだよね」
「途中から?」
「キミ、精霊王魔術を行使したでしょ」
「使ったが……しかし『近接の法則』で、きみに支障はなかったはずだろ。実際、顕現したのは眷属だった」
「そのはずなんだよねェ。でも、精霊王はキミの存在に惹かれてたみたい」
「僕の喚び出しにか?」

どう考えてもサイラスのほうが資質といい熟練といい上のように見受けられる。その言葉の意味するところが分からず、エリオットは首を傾げた。

「……キミの中に何か、あるのかな?」
「え?」
「とにかくー、これは返すよ」

サイラスが瞳の石をぽいと投げた。急に放り出されたそれを慌てて受け取る。

「いいのか?話を聞く限り、きみたち始祖種族にとって重要なもののようだが」
「いらなーい。遺物だって言ったでしょ?なにより石がキミのところに帰りたがってる感じがするし。――でもね」

サイラスの手が頬に伸びてきてエリオットは固まった。けれどその手は頬をゆるやかに撫でるだけだった。
しなやかで美しい見た目に反して、その掌や指はつぶれた肉刺でごつごつとした厚い皮膚をしている。

「それ、できるだけ肌身離さず持ってて」
「サイラス……?」
「絶対に、失くさないでね。覚えておいて。オレたちステラ族は、罪過の一族だ」

静かな声に被さるように、遠くの空で時を告げる鐘が鳴った――。


prev / next

←back


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -