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様々な出来事があったせいでそこまで意識が回らなかったこともあるが、エリオットは己の至らなさに少しだけ落ち込んだ。
しかしサイラスの手に握られた石を改めて見たそのとき、精霊王魔術の黒炎に包まれたはずが傷ひとつない様子に気付いた。

「キミさぁ、コレどこで手に入れたの?」
「……ロッカニア地下遺跡で」
「ふぅん?」

サイラスは自分の瞳に石をかざした。そうすると不思議なことに、石の内部で弱々しく星の如きの瞬きを見せた。
彼の何かに反応しているのだろうか。石の秘密が解き明かされる期待にエリオットの心臓が高鳴った。

「きみは、それについて何か知ってるのか」
「さーあねぇ」

空とぼけるサイラスに内心苛立ちもしたが、そういった態度は彼を喜ばせるだけだと思い直してエリオットは呼吸を整えるだけにとどめた。

「サイラス、きみは森の民だと聞いた」
「んっんー?そうだけど、なに今更?」
「僕は最近知ったんだ。ローグローグの森では始祖種族独自の教育がなされていると聞いたことがある。古の伝承や、忘れ去られた太古の出来事もそれに当たるか?先日の、根絶したはずの魔物の駆除方法もきみは知っていた」
「……そうだね。うん」

サイラスが苦々しい声を絞り出しながら美しい顔を歪ませた。まるで不本意だと言わんばかりの表情だ。

「エリオットは、オレのことどれくらい知ってんの?」
「森の民で、ステラ族の族長に繋がる血筋だと、人伝の噂でしか……」
「オレの本当の名前はザイルーオーツ・ハルディ。オルキア風にサイラスってことにしてるけど。オレはね、族長の第九子だよ」

エリオットはその言葉に驚いて一歩後ずさった。彼がステラ族の、いわば直系の王子なのだと聞いて慄く。

「まあ、皇帝への貢ぎ物ってヤツかな。友好の証と銘打った人質って言ってもいいよ」
「そんな言い方……」
「あはっ、事実だからね〜。キミも貴族ならわかるでしょ?権力者の子供が政治の道具にされることなんて別に珍しくない。ただ、勘違いしないでほしいのはァ――」

サイラスがくるくると杖を回す。幼子の手遊びに似たそれにエリオットの視線が吸い寄せられる。

「オレはあの陰鬱な森が大ッ嫌いだから。あいつらの住処から離れられてむしろ感謝してるくらいだよ」
「嫌い……?自分の故郷だろう」
「故郷だろうとなんだろうと、この先オレはあそこに帰るつもりなんて全然ないね。古臭くて、過去の栄光ばっかり追いかけてる頭の腐った奴らの群れなんて、吐き気がする」

そう言い捨ててサイラスは唾を吐く仕草をした。
そこまでして生まれ故郷を嫌う理由が、エリオットには見当もつかなかった。

「過去の栄光?大戦時代のことを言ってるのか?」
「……キミは、始祖種族の信仰を知ってるかなァ」
「サレクト教のことなら、教義くらいは」
「始祖種族の信仰では、もともとはこの大陸が神の宿る場所として崇められてたんだ」

土地への信仰というのはよくある話だ。人々は原始の時代から、身近にあり恩恵をいただいている太陽や大地のような自然を崇め奉る傾向にある。
サレクト教がそういった土地信仰をしていたというのは初めて聞いたが、さしておかしな思想でもないとエリオットは思った。

「全ての始祖種族にとって神聖な地だったんだよ。それなのに、彼らはどうしてその地に踏み入ろうとする禁忌を犯したのかな?」
「……信仰を忘れた無法者の仕業か?」
「そうじゃないよ。宣託さ」
「シャーマンのような存在がいるということか」
「そう。かつてのステラ族がそうだったんだよ。……まあ、今もちょこっと名残はあるかな」

神からの言葉を賜る祈祷師のいる信仰。他にもそういった宗教があるのをエリオットは書物の知識で知っている。
帝国全土で親しまれている夫婦神宗教にも、神の遣いが起こした奇跡やそれを授かった神話はいくつもある。かなり趣は違うが聖職者はそういった託宣者めいた側面も持っている。

「今現在大陸で信仰されてるサレクト教はかなり穏やかだね。アイリス派が一番当時の信仰に近いかな。森のほうがもっと原初的だけど」
「アイリス派?百合派、薔薇派、雛菊派しか知らないが、まだ派閥があるのか」
「うん、アイリス派は最小派閥だからあんまり知られてないんじゃないかな。……っとと、ごめぇん、ちょっと横道に逸れちゃった。
 とにかく、昔、他大陸に住んでいた始祖種族は宣託があったとして神の地に踏み入ったわけ。ところが神の地には邪魔な輩が蔓延ってたんだよね。――人間だよ」
「……それが、大戦のきっかけか」
「そうだよ。キミたちの教書には載ってないでしょ?だって、罪の証明だからさ」
「罪の証明?」
「始祖種族たちはそれまで一切、神の地の実態を知ろうとしなかった。他の種族が住んでるなんて知らなかった無知さ。そしてそれを神の名の下に排除しようとした野蛮な種族」

そういう種族の恥、とサイラスが自嘲気味に零す。


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