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エリオットが宮廷魔法使の詰所に戻ると、転移の間の入り口でラルフが待っていた。
側に寄ろうとして一瞬目を瞠る。彼の隣に布包みを持ったサイラスの姿があったからだ。二人が並んでいると存在感がより際立っている。

「よお、お疲れ」
「あ、ああ。待たせたな」
「気にするな、さっき来たとこだ。これ、トリスタから預かってきたぜ。お前の杖」

そう言ってラルフは手に持った長杖をエリオットに差し出した。
杖屋に修繕を頼んでいたものがようやく戻ってきたようだ。ぴかぴかに磨かれて、傷つき磨耗した部分は新しいものに取り換えられている。
ジンイェンから授かった赤い紐結びも解けることなく預けたときのままで、それを見ると活力めいたものが湧いた。
己の愛杖を受け取りながらエリオットは苦笑した。

「午前中のうちに間に合えば良かったんだが」
「おっ、もしかして今日からだったのか?例の特別任務ってヤツは」
「いや……今日は顔見せだけだ」

エリオットが皇子と皇女の教師を務めることは、噂好きの宮廷内のこと、あっという間に広まりもはや周知の事実だ。
そうなった理由まで知っている人物は限られているが「遊学前の殿下に外部の刺激を取り入れるため」だとか「実はリゲラルト師団長はそのために彼を呼んだ」といった話がまことしやかに囁かれている。
皇女と鍛錬場で出会ったことは緘口するよう厳しく言い渡されているので、エリオットは誰に何を聞かれてもどうとでも取れるうやむやな返答をした。もちろん友人であるラルフにも。

「そんで、どうだった?」
「とりあえずはつつがなく終わった」
「そりゃあ良かったな。滞在中、退屈しなくて済むだろ」
「毎日こんな緊張感を味わうくらいなら僕は退屈していたほうがいい。――ところで、彼は」

エリオットはサイラスにちらりと視線を向けた。彼は先日見せた神妙な態度こそ崩してはいるが、どこか硬い表情をしている。

「ん?ああ、なんか、お前に用があるっていうから連れてきたんだよ」
「僕に?」
「ここじゃ人が多すぎるし、ちょっと場所移動するか」

ラルフが先導した先は、庭園の一角にある立派なフォリーだった。
装飾的な意味合いの大きい建造物はベンチすらないがらんどうだが、日差しを避けるのには十分だ。中に入ろうとしたところで、サイラスがラルフに意味ありげな視線を送った。

「……あーっと……、俺はちょっとその辺歩いてくるわ」
「ラルフ?」
「心配すんな。五分で戻る」

ラルフとサイラスの間で何事かを通じ合ったらしい。エリオットはサイラスとフォリーの中に二人きりになった。
警戒心は拭えないが、先日の丁寧な謝罪を聞いて彼に対する意識を少し改めたということもあり、それほど嫌悪感は抱かなかった。

「ええと、僕に何の用でしょうか」
「それ。その話し方」
「え?」
「やーめてくんないかなァ。ラルフと同じようにしてよ」

そうしない限り口を開かないと暗に伝わってきて、エリオットはひとつ嘆息した。

「……僕に何の用だ、サイラス」
「ウン、そうそう!やっぱそのほうがいいねー。今日はキミの忘れ物をね、持ってきたんだけど」
「忘れ物?」

サイラスに託したものなどなければ何かを失くした記憶もない。あれこれと心当たりを探しているとサイラスは小さく笑った。
そして手に持っていた布包みを広げる。しわくちゃで、黒こげの穴が開いた悲惨なぼろきれだ。

「これに見覚えあるかなぁ」
「……僕の、ローブか?」

それは、先日の魔花討伐に参加した際に羽織っていたローブだ。あのとき虫を排するために咄嗟に脱ぎ捨てたのだが、とっくに処分されているものだと思っていた。

「返されたところで、もう使い物にならないんだが……」
「だよね〜?でもま、処分するにしても一応持ち主に聞いてからってことで。それでェ、オレが聞きたいのはこっちね」

サイラスは懐から何かを取り出し、こぶしを突き出した。指がゆっくり開かれると、そこには見覚えのあるものが乗っていた。
中心部に黒い筋の見える黄色の石――エリオットが『瞳の石』と呼んでいるものだ。

「それをどこで……」
「このローブのポケットに入ってたんだ」

エリオットはようやく思い至った。
あの日鍛錬場に赴く際、昼間着ていたローブを慌てて羽織って行ったのだ。そのローブのポケットにはグランに見せるために瞳の石を入れていた。
取り出すのを忘れていた上に、鍛錬場に置き去りにしていたことすら今の今まで失念していたとは、迂闊にもほどがある。


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