失せ物


宮殿での顔合わせのあとエリオットはホライナスとともに元の離宮に戻った。
転移魔法陣が閉じた瞬間、一気に緊張が解けて気が抜けた。膝から崩れてしまいそうだったが両足に力を入れて踏ん張る。

「なんとか、それなりでしたな」

ふん、と鼻息を吹きながら、ホライナスは渋面のままエリオットの肩を杖頭で軽く叩いた。上出来だと言いたいらしい。
気付けば掌に汗をかいており、手を開くとひやりとした。

「指導長、このあと私は他に――」
「今日の予定はこれで終いとする。明日からもこの離宮に来ること。未だヴィレノー教授の身分の保証がなされておらぬので、宮殿までわしが引率することになっておる」

宮廷魔法使でもないエリオットが宮殿を単身で歩いていたら不審者として捕らえられかねない。ホライナスといれば宮殿内で呼び止められることもないだろう。
エリオットはホライナスに本日最後の挨拶をして、離宮をあとにした。

宮廷に滞在してしばらく経ったので決まった道はすでに頭に入っている。
客人の身分であるから本来ならば子弟を伴わなければならないが、皇子と皇女の教師という特別任務のため、庭園のみ一人歩きを特別に許されていた。

外は快晴だ。雲ひとつない青空を仰いでエリオットは目を細める。しかしこれからラルフと約束があることを思い出し、足を速めた。
詰所に繋がる転移魔法陣の場所まで続く道を進んでいると、前方から一人の男性衛兵がきびきびと歩いてきた。
煉瓦敷きの歩道にブーツの硬い音が響く。
見回りか警備交代のための道中なのだろう。いたる場所に彼らは配置されているので、エリオットは特に気にせず衛兵の傍を通り抜けようとした。
ところがすれ違う瞬間、衛兵のオホンというわざとらしい咳払いが聞こえて思わず足を止めた。

訝しげに彼を見やる。しゃんとした姿勢で細身の剣を捧げ持ち、円筒形の制帽と灰紫色の兵服を纏った衛兵だ。
エリオットは足を止めてしまったことを後悔したが、衛兵のほうは進行方向を向いて直立し、一定の距離を保ったままだ。

「――エリオット・ヴィレノー殿ですね」
「そうですが、僕に何か?」
「自分は、第二歩兵連隊所属、ケビン・シアーソンであります」
「はぁ……?」
「あなた宛ての伝言を預かっております」

伝言と聞いてエリオットは首を傾げた。そんな回りくどいことをする人物に心当たりがなかったからだ。
ケビンは懐から小さな紙片を出すと、エリオットに向けてさっと差し出した。
それを怪しみ受け取るかどうか迷っていると、彼が前を向いたまま、横目でエリオットをちらりと見て唇の端を持ち上げた。

「俺の弟が世話になったようですね」
「弟?」
「グラン・シアーソンです」

その名を聞いてエリオットははっとした。
姓は初めて知ったが、数日前、街の斡旋所で鍛冶師の青年と会ったことを思い出したのだ。そしてそのときに聞いた彼の兄の話を。グランの兄は宮廷勤めの衛兵だと言っていた。
そう聞いてみれば、髪色や面差しがグランと非常に似ている。
この広い宮廷の中で会うことはないだろうと思っていたが、彼のほうからやって来るとは――。

「……ありがとうございます」

エリオットが紙を受け取りながら礼を言うと、ケビンはまたきびきびと足を動かし前方へと真っ直ぐに歩いて行った。
少し道をはずれ建物の影に入り、折りたたまれた紙を広げる。そこには見覚えのある几帳面な文字が並んでいた。それは、ジンイェンからの言付けだった。

教師役を打診されてすぐ、宮廷の下男を使ってジンイェンのもとに手紙を送ったのだ。
誰に中身を読まれても差し支えないようにありきたりな表現で書き付けをした。宮廷内で新たな仕事を任ぜられたこと、最低でも九日の滞在が決まったことなどだ。
手紙を託した下男からは彼がそれを読んだという旨だけを伝えられた。
それでやりとりは済んだと思っていたので、まさか返事があるなどとは予想もしていなかった。

おそらくグラン経由で兄のケビンに託したのだろう。ジンイェンのような一般民が宮廷に伝言を入れるのならば、たしかにそういった身内の伝手を使わなければ到底無理だということは分かる。
ケビンのほうにも宮廷勤めの厳しい制約があるはずだ。それにも関わらず外から伝言を預かってくるとは、下手をすれば彼の身分が剥奪されかねない。

(まさか、ジンに何かあったのか?)

どきどきしながら書き付けに目を通す。
しかしその内容は『長期契約の仕事が入ったので宿を引き払った。緊急の連絡があれば大神殿へ』という、なんとも色気も素っ気もない文だった。
エリオットが宮廷から離れられないと知って新たな仕事を請けたのだろう。街の外へ出るような長期の仕事なのだとしたら彼の顔を見るのもしばらくお預けだ。
こうして互いの立場や仕事の違いを思い知るたびに、もどかしくてたまらない気持ちになる。
エリオットはそれでも、ジンイェンからの手紙を大事に懐にしまいこんだ。


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