新任教師の憂鬱


翌日から、エリオットは離宮に通うようティナードに指示された。
ホライナス指導長のもと宮殿勤めに向けて細かい注意を受けるためだ。
貴族として一通りの作法は身に付けているつもりだが、それが高貴な方々と接するものとなると勝手が違ってくる。
そして同時に、ブノワ青年が受け持っていた分野の説明も受けた。
入校前の幼少教育は本来ならば専門外だ。しかし大陸史などの外交に関するものは高等教育に近いものがあり、代理を務められそうだと分かるとエリオットは胸を撫で下ろした。

この日改めて知った『指導長』という肩書きは、殿下方や宮殿に住まう貴族方の勉学を受け持つ教師達のまとめ役のようだ。
こうして新任の指導をしたり、時には殿下に説教をする任務を帯びている。
ホライナスは現皇帝が若かりし頃の専属教師だったこともあり、ご意見番としても発言力のある人物だ。それを知ったエリオットにまた新たな緊張が走った。

教師役を依頼された三日後には、個室に真新しいローブが二着届いた。

宮廷に招待されるにあたり、粗末な身なりにならないよう気は十分に遣ったつもりだ。
以前魔物との戦闘で駄目になった一張羅とは別に礼装用のローブがある。ホライナスに第一声で「古めかしい」と評されたのはそれだ。
フェノーザ卒業時に仕立てたローブは、公の場で何年経っても着られるようにと無難な色合いの、言ってしまえば少々年寄りじみたデザインのローブだ。生地は最高級だが垢抜けないのは否めない。
衣装部屋の奥で大事に眠っていたそれを引っ張り出して持ち込んでいたのだが、再び死蔵品になりそうだ。

衣装掛けに掛かった新品のローブは、ひとつは紫がかった上品な茶色地に金糸の刺繍が施されている。切り替えしや裏地に柄模様の生地が使われているのが実に洒落ている。
もう一着のほうは緑味のある柔らかな灰色だが、裾にいくほど濃い色になる控えめなグラデーションだ。こちらには銀糸のシンプルな模様が入っていた。
どちらも着る者の髪の色や肌の色、瞳の色に合わせた色選びがなされている。おそらく他の者が着ればちぐはぐな印象になるだろう。

ためしに袖を通してみるとそれは驚くほど体にフィットした。胴回りが絞られており、エリオットのような細身のシルエットに良く似合う。
縫製も歪みなく糸の綻びひとつない。これだけの上等品をたったの三日で仕上げたあの仕立て屋は――他に何人使ったかは知らないが――、さすが宮廷お抱えに見合うだけの腕を持った職人だ。

「多少『まし』になりましたな」

エリオットが新しいローブを着てお決まりのように離宮の一室に行くとホライナスからそう評価を受けた。
この数日で分かったのは、それが指導長にとっての褒め言葉だということだ。

「まったく、あの愚か者があんなことにならなければこのような余計な仕事もなかったというのに」
「……はい」
「最近のプロヴリは落ちたものですな。家柄だけはご立派で力のない者が宮廷に派遣されるなどとは、なんとも嘆かわしい。わしがいた頃からは考えられん軟弱揃いだと思わぬか」
「……ええ」
「姫様も姫様でな。あのおてんばが。あの行動力と口のうまさは他に活かせぬものか!若様の『淑やかさ』を分けてお二人がちょうどの中間だったらどれほど良いか……」
「……はい」

ホライナスの愚痴めいた独り言は癖のようだ。誰に聞かせるでもなく始終早口でブツブツとぼやいている。エリオットが適度に相槌を打っていれば、老人はそれで満足するようだった。
そうして分かったことといえば、リアレア皇女は活発な性格で、シルファン皇子は逆におとなしい性格をしているということだ。
同時に生を受けた双子とはいえ性格まで同じとはいかないらしい。

エリオットにも双子の妹たちがいるが、彼女らは何をするにも一緒、好きなものも嫌いなものも同じ、持ち物や服のデザインが少しでも違うと癇癪を起こすほどだった。
少し年齢がいった今はさすがにそこまでではないだろうが、それでも互いの分身であることに誇りを持っているような姉妹であった。

――閑話休題。そんなリアレア皇女だが、その活発さと強すぎる好奇心でたびたび『問題』を起こしているのだという。
今回の件も皇女が起こした騒動のひとつのようだ。
ホライナスが皇女をひどく説教して聞き出したところによると、こうだ。

リアレア皇女は生まれつき魔術の才があり、日頃良く学び得手とし、それゆえ宮廷魔法使に大いに興味があったのだという。
凶悪な魔物、魔獣の駆除が彼らの仕事のうちだというのはすでに知っていた。
そして今回、根絶した古代の珍しい魔物が持ち込まれるという噂をどこからか耳にした皇女は、ぜひともそれを直に見てみたいと懇願したのだそうだ。
もちろんそんな危険な場に皇女殿下を連れて行くような愚行は冒せないので、誰も首を縦に振らなかった。
しかし、宮廷教師のひとりであるブノワだけがそれに乗ったのだ。

ホライナスの話から察するに、彼はプリエンテ公爵筋の家柄のようだ。リアレア皇女とは遠縁にあたるので、身内の気安さもあったのだろう。
近年プロヴリを首席で卒業したブノワ青年は、すぐに教授職に着任するほどのエリートだった。
年若く向こう見ずな青さのある彼は、宮廷魔法使に引けを取らぬ実力があると自負し、彼女の護衛役を買って出たのだ。
このことは、リアレア皇女、ブノワ教授――そしてシルファン皇子の三人の秘密だった。

慎重な性格のシルファン皇子はそれを引きとめていたが、阻止するまでには至らなかった。本当に決行するとも思えなかったのだという。
けれど昨晩、彼女が鍛錬場に行ってしまったことを知ったシルファン皇子は、慌てて侍従にこの秘密の計画を打ち明けた。
皇女のような高貴な身分の人間が鍛錬場に紛れ危険にさらされたとなれば、罪に問われるのは一人や二人では済まない。
さすがにそれが分からぬほど愚かではないリアレア皇女は、こっそりと見物し、数刻のうちに何事もなく寝室に戻る計画でいたのだ。

ところが誤算だったのは、魔物の危険性についての危機感が足りなかったことと、ブノワの未熟さだった。彼は経歴は立派でも傑物とは言い難い人物だったのだ。


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