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「ど、どういうことですか?」
「まあ、そう結論を急がずに。あの方とともにいた青年を覚えているかな?」
「ええ。彼は……あれからどうなりましたか」
「大事ない。今は離宮で療養している。しかしあまりない類の毒ということで快復が大幅に遅れそうでね」

昨晩のあの様子ならばそれも致し方ない。
気の毒に思っていると、ティナードが嘆息混じりに口を開いた。

「……彼は、もともとプロヴリの教授だったのだよ」

プロヴリの教授と聞いてエリオットは息を呑んだ。
<マグナ=プロヴリ>――それは小規模ながらも格式高い魔術校の名だ。フェノーザ、グラージアと並んで三大魔術校として有名である。
ただし、入校できるのはオルキア皇家や外国の王族、政治外交に関わる家系、国内外の高位貴族ばかりで、魔術よりも帝王学に重きを置いている。
その教職で現在宮廷勤めだということは、あのブノワという青年は、プロヴリ入校前における殿下付きの専属教師ということになる。
そしてこの場に指導長なる肩書きの人物がいるということは――。

「察しの良いきみのことだ、私が言わんとするところは分かるだろう」
「……僕が、あの青年の代理をするということで合ってますか」
「その通り。きみは名門フェノーザの現役の教授で、廷内での作法も申し分ないだろうからね。宮廷に来てからのきみの評判は聞いているよ。誰の口からも高評価を得ている」
「いえ、その、僕は准教授で……そのような大役はとても……」

皇女殿下の教師を務めろというとんでもない要求にエリオットは萎縮した。ところがそこに口を挟んだのがホライナスだ。

「あの愚か者の代わりが来るまでのほんの数日間だ。まったく、あれほど気を付けろときつく言っておいたのに唆されおって……」

ブツブツとホライナスがぼやく。口の中でもごもご愚痴めいた独り言を続ける老人に苦笑しながら、ティナードは彼の言葉を継いだ。

「彼に職務を続けさせるのは困難だと判断してね。プロヴリ校から新たな教師を選ばなければならないのだが、いかんせん双方の都合もあって即日にとはいかないのだよ。
 何も難しいことをしろと言うのではない。一日のうち二時間ほど、あの方々の勉学の監督をしてもらいたいだけだ。毎日というわけではないし、手当ても別途支給する」
「……今、『あの方々』とおっしゃいましたか」
「そうだ。きみも知っての通り、お二人おられる」

正式に知られているオルキア皇帝の子は四人。
皇子二人に、皇女二人――その中で一番年嵩の、次期皇帝とされている皇太子殿下。二つ違いの皇女殿下。そして末に双子の皇子と皇女。
エリオットが昨晩出会ったリアレア殿下は、その双子のうちのひとりである。
つまり、もう一人のシルファン皇子の分まで面倒を見ろと、ティナードは言っているのだ。
そして彼は続けて更なる重大情報をもたらした。

「さてエリオット。もうひとつ、きみに伝えなければならないことがある」
「はい」
「リゲラルト師団長がしばらく不在になる」
「……はい?」
「諮問機関から緊急招集がかかって、今朝方ディアポルタに向けて発ったのだよ」

旧都ディアポルタは、ガランズ遷都前に首都だった場所だ。ガランズから南下してかなり離れた場所にある。
ティナードがパイプを咥えながら肩を軽く竦めた。

「そういったわけで、最低でも一順間は空くだろう。事情はフェノーザに通達済みだから、気兼ねなくこちらに滞在して欲しい」
「……承知しました」

口ではそう言ったがエリオットは眩暈がする思いだった。殿下の教師役といい、滞在期間をずるずると延ばされているような気がしていた。
もちろん宮廷からの任命を断れるわけもなく、教師役を引き受ける他ない。罪に問われるよりはよほどの幸運ではあるが、戸惑いのほうが大きい。
味のしない茶を一杯飲んだところで、ティナードに付き添われて宮廷魔法使の離宮に戻った。今日一日休んでいるようにと言われ、部屋に押し込められる。

ようやく一人になったエリオットはローブを脱ぎ、気が抜けたように脱力してベッドに横になった。シーツに頬を摺り寄せるとひんやりとしていた。

とりあえずジンイェンに、分かっている限りの予定を伝えることは出来そうだ。
次に彼と会えるのは一体いつになるだろうか。
昨日の情熱的なひと時を思い出して、艶かしくも切ない溜め息が漏れた。


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