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花弁を落とし終え丸裸状態になった花は、丸くでっぷりとした黒い子房を露出させていた。
サイラスがそれに術を打ち込むと、一瞬膨張し、厚い包皮がぶつん、と裂けた。

エリオットはめりめりと裂けてゆく子房から目が離せなかった。汗がどっと噴き出し、どくどくと心臓がうるさく音を立てる。
赤い粘液が血のように溢れ出す。そうして、粘液に包まれた禍々しい暗紫色の塊がどろりと子房から産まれ落ちた。

粘液がじゅうじゅうと蒸発し、動物の死骸が腐ったようなひどい悪臭が充満した。
臭いに顔をしかめたエリオットだったが、それでもその光景から視線を逸らすことができなかった。
ぶぶ、ぶぶぶぶ、と塊から振動するような音がする。それは、翅音だ。


――醜悪で巨大な紫色の甲虫が、翅を動かして飛び上がった。


その機を窺っていたサイラスが油断なく術を放った。
大虫が黒い炎に包まれる。ところが、まだらに透ける黒と紫の翅は動きを止めなかった。

「あのおーおきい虫はねー!毒液を撒き散らすから注意してねぇ!毒液が養分になって、せっかく落とした『花』も復活するからァ、ボンヤリしてるときりがないよー!!」

サイラスの大声がエリオットの耳に届いた。そのことはこの場にいる魔法使は事前に承知しており、エリオットだけに向けられた警告だった。
機転の利かなさは自負しているエリオットだったが、そんな悠長なことを言ってはいられない。この場に立つ者として、何が起ころうとも捌ききらなければならないのだ。

さっそく大虫の口から青い毒液が吐き出された。すると、驚くことに滅しきれていなかったらしい子虫が蠢きはじめた。
それを改めて魔術で止めを刺すという、気の遠くなるような作業が追加された。

エリオットの魔力もそろそろ底が見えてきたという頃、二回目の毒液が放出された。それは広範囲に飛び散り、エリオットのもとまで飛んできた。

「うがぁっ!」
「きゃっ……」

不意に聞こえた叫び声に、エリオットは息を呑んだ。
男性の呻きに混じって、女性の――少女のような声が聞こえたからだ。

声の主を探そうと視線を巡らせると、少し離れた場所に二人組の魔法使がいた。
一人は青年で、もう一人はローブのフードを目深に被っているから正体ははっきりとはしないが、小柄な姿の人物だった。どちらも帯杖をしている。
小柄なほうは子弟のように見えなくもない。けれど垣間見えた腕の細さが、体の出来上がっていない未熟な子供だということをありありと示していた。

青年は毒をまともに被ってしまったらしく、子供がその身を案じていた。
ところが、それを好機とばかりに二人に向かって人喰い虫が四、五匹飛んでいくのが見えた。

「危ない!!」

警告の叫びを上げたエリオットは、残りの魔力全てを使って手順を簡略化させた精霊王魔術を発動させた。
炎の精霊王そのものはサイラスの元に在る。だが、その眷属ならば喚び出せるはずだ――そう思った。

「<ヴェニーテ>……ッ!!」

エリオットの目論見が成功し小型の黒い狼の群れが顕現すると、間を置かず眷属らは二人に向かって疾駆した。
虫の群れは炎に包まれ二人にかすりもせず灰になる。
しかし二人組に気をとられた隙に死角から虫が一匹飛んできて、エリオットの右腿に取りついた。


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