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黄色の粒――成人の顔の大きさほどもある卵が弾けると、中から真っ青な甲虫が産まれた。花の色と同調して風景がぼやけていく。
腹が減ったとばかりにがちがちと口の部分を動かす虫の群れ。ぶぅぅん、ぶぅぅん、という耳障りな翅音が異空間に満ちた。

集まった魔法使たちは呑気に見学をしにきたわけではなかった。人喰い虫の駆除という重要な役割を担っているのだ。
皆それぞれに杖を構え、さっそく手近な虫に火魔法を食らわせている。けれど虫の数が夥しい。そして次々に湧いてくる。
虫が花に卵を産みつけ孵化をする、そのサイクルが恐ろしく短い。共生関係にあるらしい両者は、たしかに厄介な魔物といえた。

「花がなくなれば、あのキモチワルイ虫も卵を産みつけられなくなるからね〜!それまで一生懸命虫潰ししてて!」

きらきらと尾を引く髪をなびかせながらサイラスがエリオットに忠告する。
こうなってしまったらエリオットも魔物を前にぼんやり突っ立っているわけにはいかなかった。

「くっ……<インフラマラエ・イグネシア>!」

中位魔術を虫に食らわせる。虫は動きを鈍らせたが、致命傷とはならなかったようだ。
周囲の魔法使は同等の術を使って一撃で仕留めている。明らかに精度が違った。
実力不足を実感したエリオットは中位魔術をやめて、もう一段階上の術を行使してやっと一匹を屠った。効率が悪くともそうするしかなかった。
虫がひどい悪臭を撒き散らしながら空中で燃え上がり、黒い残骸だけが地面に残る。

(き、きりがない……!)

宙を舞う虫に術を当てるのも難しいが、なにより数の暴力に圧倒された。減っているのか、逆に増えているのかすら分からない。
昼間のこともあり決して万全の体調というわけではないのも堪えた。虫の群れに押され後退を余儀なくされる。

ふと気付けば、後退するエリオットに反してサイラスは中央部に切り込んでいた。
そうして花の前に立つと、巨大な魔法陣を展開しはじめた。
見覚えのある魔法陣だ。むしろ、馴染みのあるそれにエリオットは瞠目した。

「さーおいで〜!<ヴェニーテ・フラーマ!>」

ボッと漆黒の炎柱が一気に立ち昇った。炎の中に、花をも凌ぐ大きさの雄々しい狼が立つ。
サイラスが喚び出したのは炎の精霊王だった。

時間の概念が特殊な精霊ではあるが、曲げられないルールもある。それは一般的に『近接の法則』と呼ばれているものだ。
精霊王のような特別なものは、別の術者に同じタイミングで召喚されても、時間がずれているおかげで顕現することができる。しかし、すぐ近くには存在できないのだ。
もしもごく近くで同時に召喚を行った場合、その場で一番強力な術者の前に精霊王は現れる。
たとえば今、エリオットが炎の精霊王を喚び出したとしてもそれは不発に終わる。おそらくサイラスが、この場で最も優れ、精霊王と絆深い術者だからだ。

ステラ族は生まれつき精霊に愛される資質を備えている。精霊が特に好む血液を有しているのだ。そこが、他の始祖種族とは異なる性質だ。
しかしステラ族の血は劣性で淘汰されやすい。その事実に人々が気付いた頃には純血が絶え、かろうじて残っている血族はローグローグの森に篭った。
サイラスは、その血を濃く受け継ぐ貴重な存在なのだ。

精霊王の炎の、肌に刺すような独特の熱気が立ちこめる。
大狼は花に対して油断なく威嚇をしている。周囲に散る虫けらなど意に介さぬと言わんばかりだ。

魔法使たちはサイラスに群がろうとする虫を優先的に排除した。その中で長い杖を大げさに振り回す美しい青年というのは、実に異様な光景だった。
もちろんエリオットもただ指をくわえて見ているばかりではない。動向を窺いつつ、繰り返し虫の駆除に専念した。

サイラスは花に向かって精霊王をけしかけた。
花弁や太い茎本体ではなく、まず一番上の葉を落とす。次に上から三番目、うしろ側についている葉を。
まるで順番があるかのようにそれらを一枚一枚燃やし落としていくサイラス。

時間をかけて葉を落とすと、今度は花弁を落としはじめた。そちらも順序良く一枚ずつ燃やし剥いでゆく。
あれがおそらく『花を駆除する方法』なのだろう。

根絶した植物、それを知っているステラ族――古い伝承に詳しい人物。
昼間の会話を思い出して、エリオットは術を行使しながら少しばかり意識をぼやけさせた。炎の熱気がそうさせたのかもしれない。

しかし、それを一瞬で引き戻す事柄が、新たに起こった。


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