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夜半とはいえ夜勤の魔法使と衛兵は廷内には多く、明るい場所ばかりを通った。
何を考えての行動なのかが予測できず、腕を引かれながらエリオットはサイラスのうしろ姿を追った。

転移の間から魔法陣をくぐり、到着した先は鍛錬場に繋がるアーチだった。
赤と黄の魔法灯で煉瓦のアーチが暗闇にぼんやりと浮かび上がっているという、妖しくも幻想的な光景だった。
そしてこんな時間にもかかわらず他にも魔法使が幾人も中に吸い込まれていった。

「サイラス殿、一体何のために僕をここに連れてきたんですか」
「それはね……まっ、中に入ってみればわかるよ!」

入って入って、と楽しげに言いながらサイラスが背中を押すので渋々アーチをくぐる。そうして目に飛び込んできた光景に、エリオットは呆気に取られた。

前回この場所を訪れたとき、空は藍色を基調とした色合いだった。しかし今、空の色は変化している。
澄んだ淡い緑と地平線近くにはきらめく銀色が煙っている。太陽や月のようなものはないのに灯がいらないほどに明るい。

しかし真に驚くべきはそこではなかった。
真っ平らな地面の上に、白く大きな塔がそびえ建っていた。人の背丈の三、四倍はありそうだ。

――否、そうではない。白いものの正体は塔などではなく『花』だった。それも、恐ろしく巨大な。
うねる長い葉が何十枚も茎全体に生えている。それらは下に向かって垂れ下がり地面に広がっているので、貴婦人のドレスさながらのシルエットを見せていた。根らしきものは見当たらず、下部を葉の重みで支えるような形で直立している。

花弁も茎も、葉に至るまで真っ白だ。だがその白は花本来の色ではなかった。
魔術で凍らされ、霜と氷の白に覆われているのだ。冷気と怖気にぶるりと震えた。

「サ、サイラス殿……これ、は……」
「さあ、これから楽しい楽しいショーの始まりだよ〜」
「ど、どういう意味ですか」

何人もの魔法使が同様に凍った花を見上げている。その様子に悲観めいたものはなく、むしろこれから起こることの期待に興奮気味である。

「ふふ、これも宮廷魔法使の仕事のうちね。アレはね、他で討伐しきれなかった魔物」
「魔、物なんですか……?あれが……」
「今回はブエェルウェチア――あ、これあの花の名前ね、アレ、どっから種が飛んできたのか知らないけど西の街近くに根を張っちゃってさー。
 っていっても、アレは葉が根のかわりだから葉を這ってって言ったほうがいいのかな?」
「あ、あんな魔物は見たことがありません」
「そりゃあそうだろうねェ。かなり昔に根絶したはずだもの。だから駆除方法を知ってる人が限られててね」

そういった素人では扱いきれない危険な魔獣や魔物を始末するのが、宮廷魔法使の仕事なのだという。
他への被害を抑えるために始末は鍛錬場で行うのだ。
持ち込まれる方法は空間転移など様々だが、今回は『冷凍保存』で持ち込まれたらしい。

――ひと月ほど前、古代の魔物の討伐ということで民間の狩猟者パーティに宮廷魔法使が一人派遣された。それが今日、ようやく任務を終えて帰還したのだ。
それは昼間エリオットが斡旋所で遭遇し凱旋を祝った、あの討伐隊の狩猟者たちだった。そして魔法使が宮廷に持ち帰ってきたのが、この『花』の魔物だった。
当地では討伐しきれず術で凍らせて持ち込んだのだ。

エリオットがサイラスの話を聞いていると、離れた場所で何かの宣言とともに一人の魔法使が『花』の前に踏み出した。続けて精霊王による氷結魔法を行使しはじめる。
魔法使は風采の良い壮年男性で、彼が件の派遣された宮廷魔法使に違いないと、エリオットは直感した。

「アレの厄介なところは、花本体はなーんにもしないとこ。動いたりしないし、人を食べたりしない。そのかわりものすごく頑丈。斬ろうとした刃物のほうが折れちゃうくらいにねェ」
「何もないのが厄介というのは、どういうことですか」
「アレは蜜がとっても美味しくて、虫がつくんだよ」

氷結魔法が徐々に溶けてゆく。次第にその花本来の色が見え始めた。毒々しい光沢のある青と黄色のまだらだ。

「その虫が、人を食う。花は蜜で虫を呼び寄せて、人のいるところに種を運ばせるの。虫の『食い残し』を養分にあの花はすくすく育つってわけ。キッモ!」

氷で固まっていた花弁や茎全体にぐねぐねと巻きついていた葉がほどける。同時にむわっとした腐臭が周囲に満ちた。
花の姿が露になるとサイラスが残虐さを覗かせる笑みを浮かべた。

「……それで、その駆除方法を知っている人物というのは――」
「オレ、だよ」

氷結が完全に溶けるや否や、茎や葉にびっしりと付着していた黄色の粒が泡のようにぷちぷちと連鎖して弾けた。
サイラスがさっそく螺旋の杖を構えた一方、エリオットは急な事態にまごついた。

「さーって来るよ〜?エリオットも一緒に働いてねぇ!虫はキミの得意な火が弱点だから安心して!」
「ちょ、ちょっと待ってください!僕はそんな……ッ」
「宮廷魔法使体験、頑張ってね!!」

サイラスの高らかな激励が場内に響き渡った。


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