誘う花


情事の熱が残る体を清めて身支度を整える頃には日がずいぶんと傾いていた。
名残惜しげに寄り添いながら気だるい余韻に浸る。

「宮廷の用事って、いつ終わるの?」
「いや、それが全く予定が立たないんだ。なんだったら、きみは先に僕の屋敷に戻っていてもいいんだが」
「金がなくなったらそれも考えるけど……ま、できる限りこっちにいるよ。
 宿は朝のあそこで寝泊りしてるから何かあったら連絡して。それか、カルルのほうでもいいし。あいつガランズではサレクト教の大神殿にいるから」
「ん……分かった」

ジンイェンの手がさらさらと栗色の髪を梳く。
エリオットは束の間の触れ合いに目を細めた。またあの場所に戻らねばならないと思うと、気が重い。
そんな憂鬱な表情を見て取ったジンイェンは、おもむろに愛刀を鞘から取り出した。そして柄に巻きついている房のついた赤い紐を、もう片方の小刀で切った。
解けたそれをちょうど良い長さに切るとエリオットの杖にぐるりと巻き付け、複雑で綺麗な結び目を作る。そうすることで杖が一気に華やかになった。

「これは――」
「お守り。簡単でごめんね」
「いや……ありがとう。すごく、嬉しい」

ジンイェンの身を守る小刀の一部が己の杖とともにあるのを見て、エリオットは胸が熱くなった。なによりも特別な事柄に思える。

「僕からは、これを」

懐から懐中時計を取り出してジンイェンの手に握らせた。それは幼い頃に父から贈られた品で、肌身離さず持ち歩いているものだ。

「荷物になってしまうかもしれないが……」
「これがないと時間分かんなくなっちゃうんじゃないの?」
「構わない」

たとえ不便になったとしても、恋人に自分の持ち物を託したいという思いが強かった。
身軽さが身上である彼の重荷になってしまいそうで不安に思ったが、ジンイェンが目尻を下げながら懐中時計に軽く口付けたのを見て、エリオットはホッと息を吐いた。

「ありがと。大事にする」
「――好きだ、ジン」
「俺も……愛してる」

囁きあいながら、万感の思いを込めてエリオットとジンイェンは何度目かのキスをした。





安宿を出た二人は、宮廷の馬車を待たせている大聖堂前まで連れ立って歩いた。
うしろ髪を引かれながらも別れの言葉を交わして道を違える。
朝と同じ場所で待っていた御者は心得たようにエリオットを迎え、馬に鞭を振るった。

馬車が宮廷に着く頃にはすっかり日も暮れていた。
南の通用口を通り馬車を降りると、すぐにトリスタが姿を見せた。表の門番から連絡を受けて待機していたようだった。

「おかえりなさいませ、エリオット様」
「遅くなってすまなかった」
「いいえ、お気になさらず。お食事はどうなさいますか?」
「……できれば自室でとりたい」

恋人との激しい情交で全身がだるく、別離の寂しさも相俟ってとても他人と一緒の空間で食事をするような気分ではなかった。
トリスタは了承し、エリオットの意向に沿った。

夕食を終えたのちに湯浴みをして、あとは寝るだけという支度を整えたそのとき、不意に個室をノックする音が響いた。

「はい」
「エリオットぉ〜、ちょっとい〜い〜?」
「サ……サイラス殿?」

ドアの向こうから聞こえてきたのはサイラスの間延びした声だった。
まさか彼のほうから出向いてくるとは思っていなかったエリオットは、完全な不意打ちにうろたえた。
慌てて部屋着から簡素なローブ姿に着替えて鍵を開ける。
薄暗い廊下に、精巧な人形のような整った面立ちと、星の瞬きを湛えた翠と金の髪色が浮かび上がった。携えた魔法灯より当人のほうがよほど光り輝いている。

「やぁ、こんばんは!」
「こんばんは。……あの、どのようなご用向きでしょうか」
「くふふ、お出かけはどうだった?楽しかったぁ?」

べたつくような視線を受けてエリオットは眉を顰めながら生返事をした。

「コイビトと会ってきたんでしょ?やだなァ幸せそうな顔しちゃって!うーらやーまし〜い!」

何もかもを見通すような台詞にエリオットの渋面がいっそう深まる。
睦み合ったあとの濃密な空気を気取られたようで気分を害した。

「……用件はそれだけですか。でしたら失礼します」
「おっとっと!本題はここから」

閉める寸前のドアの隙間にサイラスが杖を差し入れてきたので、嫌悪の元を遮断できず内心舌打ちをした。

「今からオレについてきて。面白いことがあるから。あ、杖は持ってきてねー」
「は?」

急な誘いに困惑しているうちに部屋に押し入られる。
窓辺に立てかけておいた杖を握らされ、エリオットはサイラスに引きずられるようにして部屋を出た。


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