瞳の石


エリオットはベッドに腰掛けながらジンイェンの着替えが済むのを待った。

「今回の狩り、一昨日から泊まりがけで遠征してきてさ。これでも短期のほうだけど、ガランズの依頼ってそういう大きい仕事ばっかなんだよねぇ」
「そういえばジョレットではほとんど日帰りだったよな」
「うん。向こうの斡旋所にはこっちであんまり人気ない小さい仕事が回されるみたいだからね。そういう意味じゃ、体鈍ってたからちょうど良かったかも。
 ……んで、帰ってきたら朝まで酒盛りってのがいつものお決まりでさ。さすがに今日の約束もあるしさっさと切り上げたかったんだけど、結局夜明け寸前までつき合わされて参っちゃった」
「そうか。それは大変だったな」
「大変なのはエリオットのほうでしょ。なんかあった?疲れた顔してる」

ジンイェンがエリオットの精彩を欠いた表情の乗った頬を撫でる。
頬に置かれた手に自身の手を重ね、エリオットはその優しい温もりに擦り寄った。

「……きみの作った料理が食べたい」
「あらら、宮廷でよっぽど嫌な目にあったみたいだねぇ」

宮廷でのことを思い返して嘆息が漏れた。
ラルフが側にいる限りおかしな目には遭っていないが空気が肌に合わない。
一時滞在の身分で贅沢なことは言えないが、やはりすぐに用事を終わらせて元の生活に戻りたかった。

「ま、それはあとでゆっくり聞くとして……そうそう、グランと約束取り付けておいたから。えーっと、いま何時?」
「八時を過ぎたところだ」
「そっか。十時くらいに斡旋所で待ち合わせってことになってんだよ。まずは朝飯かな。エリオットは?」
「僕はもう食べてきた。だからこのままここできみを待ってる」
「りょーかい」

ちゅ、と愛しい恋人の唇にキスをしてからジンイェンは軽やかな足取りで部屋を出て行った。
一人になったエリオットはジンイェンの香りとぬくもりの残るベッドに横になった。そのまま瞳を閉じる。
ドアの向こうから話し声が聞こえてパッと目を開けた。懐中時計を見てみると三十分ほど仮眠していたようだった。
ほどなくしてドアが開いたので慌てて起き上がると、ジンイェンが顔を覗かせた。

「エリオット、お待たせ。ちょっと休んだら行こっか?」
「ああ」

ジンイェンは愛用の小刀や装備を揃えて普段通りの備えをした。
出かける間際、彼はベッドの枕元に銀貨を置いた。そうすることで心づけとともに今夜の宿代を先払いし、部屋を押さえておくのだ。

宿から出て斡旋所に向かう道中、続々とジンイェンの狩猟者仲間と思しき顔馴染みに会い、結局目的地に着く頃には一団体になっていた。
しかし真っ先にいるべき人物が見当たらず、エリオットは首を傾げた。

「カルルはどうしたんだ。一緒の宿じゃなかったのか?」
「あれ、言わなかったっけ?ガランズじゃあいつとは寝泊まり別なの。昨日までは一緒だったけどね。今日、あいつ別のパーティに誘われて仕事に行くはずだし」
「そうか……随分とあわただしいな」
「神官は引く手あまただからねぇ。昇級したから余計さ。魔法使も神官もそういう階級があるから分かりやすくていいよね」
「熟練の差はあるが、まあ、目安のひとつにはなるな」
「俺たち盗賊は横の繋がりで融通しあってるから、そーゆーのうらやましいかも。気は遣うし結構窮屈だし」

狩猟者の盗賊社会では、仕事に関して他を出し抜くようなことは基本的にしないのだという。
だいたいがどこかの一家に所属しているため、頭の面目を潰さないよう牽制しあっているからだ。
ジンイェンが属しているリーホァン一家はその源流は古いものの、ヒノン国外にあまり出ないため外国では軽んじられることも多いようだ。

そんなジンイェンの苦労譚を聞きながらしばらく歩いていると、ジョレットにある斡旋所と似たような赤煉瓦造りの建物が見えた。
外観はそっくりだが規模が違う。三階建てで横幅もかなり広い。そして出入りする人間の数も桁違いだった。

「向こうとは違ってかなり賑わってるな」
「でしょ。どーする、エリオットは外で待ってる?」
「いや、一緒に行くよ」

斡旋所に入ると、やはり人々が忙しなく立ち動いていた。
受付カウンターも横長に広く、所員らしき少女や妙齢の女性たちが休みなく狩猟者の応対をしている様が目に入った。

「……うーわ、ごめんエリオット。ちょっと他所の盗賊団のボスがいるから挨拶してこなきゃ。アレ、無視すると面倒な人なんだよ」
「わかった。僕はどこで待ってればいい?」
「ぼーっとしてると変なのに絡まれるから、適当にあそこの壁に貼り出されてる依頼を選ぶフリでもしてて。すぐ戻る」

誰かに声かけられても無視して、と言い置いてから、ジンイェンは人の間を器用にすり抜けて黒ずくめの一団へと明るく声をかけた。
それを見送ったあと、エリオットは彼に言われた通り壁一面に貼り出されている依頼書のほうへと近寄った。


prev / next

←back


×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -