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<トヌカとヤトゥン>――吊り看板にはそう書かれていた。男女二人の子供が踊っているようなシルエットが象られている。
エリオットは店の名前を確認してから出入り口の戸を開けた。すると途端にざわざわとした朝の活気溢れる喧騒に包まれる。
中は、一階が食堂で二階が宿泊部屋という一般的な宿屋だった。客は一般人はおらず狩猟者ばかりだ。一日のはじまりの活力を摂るのに忙しい彼らは、エリオットを気にかける様子もない。

「ご注文は!」

物珍しさにきょろきょろとしていたエリオットに向けて威勢の良い声がかかる。
慌てて首をひねると、朝食を乗せた皿を5つも持った恰幅のいい女将が人の多い店内を器用にすり抜けながら近づいてくる姿が目に入った。

「ああいや、食事じゃないんだ。ここに宿泊しているジンイェンという青年に用があって」
「はぁん?」

女将はそれを聞くや否や明るい笑顔を見せ、持っていた皿を手際良く注文客の前に全部置いたあとにエリオットを手招きした。

「僕は彼の友人で――」
「いいよ聞いてるから。もしも身なりのいい魔法使が訪ねてきたら部屋に案内してくれってね」

彼女は息子らしき少年にいくつか早口で指示をしてから一度厨房に引っ込んだ。戻ってきたその手には鍵が握られている。
階段をのしのしと上る女将のあとについて行くと、部屋のドアがいくつも並ぶ廊下に出た。
女将は一番奥の部屋のドアを乱暴にノックをしたあとに鍵を開け、用は済んだとばかりにさっさと下の戦場へと戻って行った。
こんなに簡単でいいのだろうかとやや困惑しながらも、エリオットはドアノブを捻った。

キィ、と蝶番が軽く軋む音がする。
朝日の差し込む部屋をおそるおそる覗き込んでみると、ベッドに横たわる馴染みのある夕陽色が見えた。ジンイェンはまだ寝ているらしい。

エリオットは極力足音を殺してベッドの元へと近づいた。
上掛けを半分剥いでだらしない寝相を晒しているジンイェンを見て笑みが零れる。
女将の遠慮のないノックでも起き出す気配がなく、実に平和な寝顔をしている。早起きの彼にしては非常に珍しく寝坊だ。

ベッドの縁に腰かけ、そんな彼の目元に軽いキスを落とした。
ジンイェンの顔がむずがるように軽く歪む。

「……ジン」
「んー……?」
「ジン、朝だぞ」

もう一度、今度は頬に口付けるとジンイェンの目が気だるげに半分開いた。

「あれ……エリオット?」
「ああ、僕だ。おはよう、ジン」
「え、なに。もう時間過ぎちゃった?うわぁ、ごめん」

やっちゃった、とぼやきながら髪をかきむしるジンイェンを見て、エリオットは笑いながら首を振った。

「違う。僕のほうが待ち合わせより早く着きすぎたんだ。だから迎えに来た。……正直に言うと、早く会いたくて」
「なんだそーゆーことね。あー良かった。寝坊したかと思ってすげーびっくりした」

ジンイェンはのそりと起き上がってすかさず口付けを返した。

「俺も会いたかったよ、エリオット」
「……ん」

そのまま二人は離れていた時間を埋めるように何度もキスを重ねた。欲を掻き立てるような触れ合いではない、互いの存在を確かめるための柔らかな口付けを。

「……きみが寝坊だなんて珍しいな」
「あーうん、昨日ここに帰ってきたのが深夜だったからねぇ」
「どこかに行ってたのか?」
「仕事でちょっとね」

言いながらジンイェンが盛大なあくびを漏らす。ぐるりと首を回し、凝った身体をほぐすように肩も回した。

「あーもー、エリオットの家のベッドに慣れちゃうとダメだね。他所のベッドが固くて」
「意外と繊細なんだな」
「ちょっとちょっと、もしかして俺のこと図太いって思ってる?」
「違うのか」
「前々から思ってたけどアンタの中の俺のイメージってなんか変に偏ってない?」

すっかり目が覚めた様子のジンイェンが声を上げて笑う。

エリオットを抱き寄せて再びキスをしたあとに、彼はようやくベッドから下りて身支度を始めた。
一度部屋から出て屋外にある水場に行き、髭剃りなどを終えて戻ってくる頃には、髪も整えていつものすっきりとした姿になっていた。


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