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ラルフの大きな嘆息と共に座席が軋む音が響いた。

「それで、プリエンテの姫君は今、大病を患って療養中ってことになってる。こっそり産み落としてどこかに里子に出されるんだろうよ」
「…………」

そして彼女は時を経て、家格に相応しい若者と添うのだろう。よくある話だと、ラルフが無感動に言い放つ。

「――話が長くなっちまったな。そういったわけで、プリエンテからの圧力もあって今は宮廷魔法使内の規律が一層厳しくてな。お目こぼしされてた横流しも当然禁止。俺が入廷するずっと昔から内部はかなり腐ってらしいからちょうどいいのかもしれんが、そう思わない奴らはかなり多い」
「つまり?」
「フラストレーションが溜まってて、緊張状態ってことだ」

話の途中から予想がついた事柄にエリオットは眉をひそめた。
今まで横行していたものが取り締まられ、その鬱憤のせいで些細なことで諍いが多発するのだという。体力と精力に満ちた青年、壮年男性が多い組織内のことだ、さもありなん。

「脅すようだが、こういうところなんだよ宮廷ってのは。だからな、気をつけろよ。目立つなってのは無理だろうから、せめて何か見かけてもおかしなことに首を突っ込むな」
「そうしたいが……」

サイラスのことといい周囲の好奇の目といい、すでに落ち着かない心持ちでいる。
ふと、ラルフが言葉を切り、視線を彷徨わせて自身の杖を撫でた。

「――たぶん、な」
「ん?」
「リゲラルト師団長はそういうのを見越してお前を招待したのかもしんねぇな。今の緊張状態から宮廷内の気を逸らすために」
「僕はうまく利用されてるということか。……いや、むしろそう言われたほうが納得がいく」

どう考えても異例の招待だ。黒竜討伐の功労を称えたいといえど一介の准教授を突然、しかも急に宮廷に招くことなどありえないことだ。

「もしかしたらお前をフェノーザに帰すつもりはないかもな」
「……そんな、ありえない」
「上の考えることはよくわからんが、まあ、俺もお前の入廷には反対だ」

何故、と問おうとして顔を上げるとラルフと視線が絡んだ。真剣な表情が視界に入り、思わず息を呑む。

「お前みたいな潔癖な性格じゃ、こんな所とてもじゃねえけどひと月といられない。お前はフェノーザにいるのがいい。俺もそのほうが安心だ」
「安心って……」
「滞在中はできるだけ目を配るつもりだが、お前も気を抜くなよ」
「どうしてそんな重要なことを馬車の中で言わなかったんだ」
「ここの空気を肌で感じてからと思ってな。夜にでも話すつもりだったんだよ。それにしたっていきなりサイラスが来るとは思わなかったが」

ラルフの口から出たその名に、輝かんばかりのステラ族特有の容姿を思い出してエリオットは瞬時に胸やけを起こした。
あれほど煌びやかな見た目は他になかなかない。ジンイェンが慎ましく思えるほどだ。
そんな考えはお見通しだと言わんばかりに、ラルフはエリオットの肩を軽く叩いた。

「あいつの言うことにいちいち反応するなよ。お前がうろたえればそれだけ余計に喜ぶからな」
「……ああ、わかった。そういえば、きみは彼と第四旅団で一緒だったんだな」
「まあな。あいつとの付き合いも結構長いけどな、あいつが何考えてんのか俺にもさっぱりだ。悪ふざけが過ぎるっつーかなんつーか……」

困惑と親しみが混じり合った苦笑がラルフの顔に浮かぶ。仲は悪くなさそうだが、扱いに困る仲間といったところか。

「僕のことを様子見に来たんだろう。上司殿から僕について何か聞いていたのかもしれない。そうじゃなければ彼が、あの不自然なタイミングでわざわざ僕に絡んではこないと思う」
「かもな。そんで、オルギット旅団長とフェノーザで何があったんだよ?」
「……先日説明したばかりだろ」
「あんなので納得できるか」

まだ何か疑っているらしいラルフのことを適当にあしらっていると、ホールのドアが遠慮がちに開いた。
気が付けば結構な時間が過ぎていたらしく門番の衛兵が様子を見に来たのだった。


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