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「まあ、一言で言えば痴情のもつれだ」
「……は?」
「冗談じゃねえって。……前・第十二旅団長は、そりゃもう感心するほどの色好みでな」
「きみがそう言うのなら余程だな」
「真面目に言ってんだよ。でまあ、とにかく、しょっちゅう色恋の話題と揉め事に欠かないお方だったわけだ。そういうのは宮廷内ではたいして珍しくもないし、むしろ暇な宮廷の話題提供者として刺激的かつ情熱的な方だったんだよ」

エリオットはふと数日前の世間話を思い出した。魔術対抗戦の場で会った時にラルフが言っていた通り、宮廷内の注目の話題は色恋沙汰なのだ。
宮廷魔法使という組織は男性が多いが、宮廷内で働く者全てが魔法使というわけではないし、側仕えの侍女も多く存在している。
身分卑しからぬ彼女たちも宮廷魔法使という地位も実力もある彼らと恋の駆け引きを楽しんだり、はたまた将来の伴侶としてこれと狙いを定めるかもしれない。その逆もあるだろう。

「それがな、へまをした」
「……何だって?」
「執政官の娘と侯爵家の娘を二股かけちまって、二人とも気性が荒かったもんだから、彼女らが旅団長の取り合いを始めたんだよ。
 どっちと結婚するのってそりゃもうおっそろしい剣幕でな。当人はのらりくらりかわしてたが、宮廷内はずっとその話題で持ちきりだったぜ」

一度婚姻してしまえば、夫婦神の契約の下に不義も別離も許されない。エリオットのような死別を除き、夫婦の絆は生ある限り絶対だというのがオルキアでの風潮だ。
裏を返せば身を固めなければある程度の恋愛は自由だ。しかし前・旅団長のそれは度が過ぎる。
ラルフは追い討ちをかけるように更なる衝撃情報をエリオットに聞かせた。

「それだけじゃねえ。もっと悪いことに前・旅団長は、プリエンテ公爵家の三番目の姫君にも手を出してたんだよ」

その情報には、さすがにエリオットも口をあんぐりと開けて言葉を失った。
プリエンテ公爵家は、貴族であるエリオットはもちろんのこと一般市民にも広く名を知られているほどの名家だ。
その最たる理由は、オルキア皇帝の縁戚関係にある家だということが大きい。
歴史を紐解いても初代皇帝とともに名を連ねる格式のある家で、皇族から公爵家に降嫁することも多く政治にも深く関わっている。つまりは皇室に非常に近しい存在だといえる。
プリエンテ公爵一族は宮殿内に居を構えるほどだといえば、どれほどの家格かは自ずと知れる。
その三番目の姫君といえば――齢にして十一、二ほどの少女だったはずだ。

「まさか……」
「そういうことがあっても、まあ、最悪周囲に露見しなきゃ良かったんだがな、その……なんだ。そうもいかない『証明』ってのが出てきちまってな」

ラルフも直接言葉にするのは憚れると見えて言葉尻が弱まった。エリオットは彼の言いたいことに察しが付き、にわかには信じられず首を振った。
前任の第十二旅団長は、年端もゆかぬ少女を、しかも皇族に連なる高貴なる身分の姫君を孕ませたのだ。

宮廷魔法使の仕事は実に多岐にわたる。宮廷内の警備や要人の護衛、黒竜の討伐のような特殊任務に就くことも多い。
旅団長クラスともなればその特殊性も増すが、前・第十二旅団長は、公爵家の護衛役だったのだ。
それらのラルフの言葉を聞きながら、宮廷魔法使がいかに重責を担う職なのかとエリオットは身震いした。
プリエンテ公爵家との直接のかかわりなど、指先ひとつの所作如何で首が飛ぶこともある。比喩ではなく、文字通りの意味で。

「プリエンテの姫君は旅団長に心底惚れてたらしくてな、一緒になると信じて疑わなかったから『相手は彼だ』と乳母に正直に打ち明けたんだそうだ」

そこからの大騒動は聞かずとも想像がつく。エリオットはくらくらと眩暈がした。宮廷というのはまったくとんでもないところだ。

「しかしその……前・旅団長殿は、解任後どうなったんだ」
「心優しい姫君の庇い立てもあって本来なら即投獄ってところを、地方の閑職にやられるだけで済んだんだよ。ただし、本人の意向を無視した妻をあてがわれてな」
「それは……」

不誠実な夫と添うことになった相手の女性のことを思えば気の毒になったが、女性の方も『訳あり』なのだという。

「ラルフ、やけに詳しいな」
「こんなの宮廷内じゃ誰でも知ってることだぜ。まあ……プリエンテの姫君のことはほとんど知られてねえけど、俺はちょっとした情報網があるんでな」
「……女性絡みか」
「想像に任せる」

プリエンテ家に近しい侍女か、そのあたりから仕入れてるのだろうとすぐに思い当たり、エリオットはラルフを呆れた目で見た。


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