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そこまでの説明を聞いたエリオットはラルフの滑らかな舌を一度止めさせた。

「――その、不祥事……というのは一体何だったんだ。長の解任ともなると余程のことだろう」

軽々しく聞いても良いのか一瞬躊躇ったが、不穏な話し方から始めたのはラルフのほうだ。
長い付き合いの経験上、こういうときに彼は説明を濁したりしないし、人目のある場で話しても問題がないと判断された話題なのだろう。

「簡単に言うと横流しってヤツだ」
「宮廷のものをか?」
「もちろん、宮廷魔法使の扱う範囲のものでな。廷内にゃ魔石や魔術道具が腐るほどあるからな。それも、最高級品の」

精霊が結晶化した魔石や儀式に使う魔術道具は、質の良いものになればなるほど高価だ。
宮廷ではそれらは当然支給品で、常に良質のものが揃っている。それらを外部の者へ流したというのだ。

「まさか、そんなことを前・旅団長がやったっていうのか」
「どっちかっつうと責任を取らされたって感じだがな」
「それは、つまり旅団のなかの誰かが――」

突然、ラルフが言葉を遮るように軽く手を挙げた。エリオットは制止の合図にぐっと唇を引き結ぶ。

「……ちょっと場所変えるか」

さすがにこれ以上の話はこの場ではできないとばかりにラルフが席を立った。
ふと冷静になり周囲を見回してみると、食堂内にいる魔法使が自分達の話に聞き耳を立てている様に気付き、エリオットは苦いものを飲み込んだような気持ちがした。

食堂を出ると、二人は詰所に戻り転移の間に移動した。

「ラルフ。きみ、仕事は大丈夫なのか」
「ああ。ティナード旅団長にはちゃんと伝えてある。我が愛しの親友殿が右も左も分からない場所で不安だろうから、初日は友情に厚い俺が案内するってな。その代わり夜勤を命じられたけどな」
「……そこまでしてもらわなくても、僕は」
「おいおい、早速サイラスなんぞにからかわれてたのは誰だよ」

犬歯を見せながらニヤリと笑うラルフに、エリオットはやや居心地悪く自身の杖をさすった。

「それは……初対面の人間を疑ってかかるのは失礼だろう」
「お前ならそう言うと思ったぜ。――ま、それだけじゃなくて、トリスタじゃお前のお守り役はちょっとばかり荷が重いだろうからな」
「え?」

含みを持たせた言い方が引っかかりラルフを見やると、彼はひとつの魔法陣の前へと移動した。
揺らめく水面のようなそれに上背のある体躯が吸い込まれる。エリオットもそれに倣い魔法陣をくぐった。
陣を抜けた先で眼前に広がったのは、壁に彫り込まれた彫刻と金細工が実に見事な、贅を尽くした建物だった。

「ここは?」
「音楽堂だ」

ラルフが建物の入り口前に立っている衛兵に「客人の見学だ」と一声かけると、重厚なドアが片側だけ開かれた。
建物に入ると、陽が遮られたおかげで暑さが薄らいだ。
出入り口から絨毯敷きの廊下を往き、メインホールに入っても施設内には人影一つ見当たらなかった。二人の足音の以外には物音もなく、しんと耳鳴りがする。

外観もさることながら内装も素晴らしく、エリオットは感嘆の溜め息を漏らした。これまでいくつも歌劇場や音楽堂を訪れたことがあったが、この場所に勝るものはない。
堂内はステージが奥にあり、三階席まである。明かり取りの窓が全面に張り巡らされているので昼間の陽光で十分に明るかった。

ラルフはおもむろに手近な座席に体を沈めた。
他に人目のないこの場所で先刻の続きを話すのだろう。エリオットもその隣の座席に座った。

「――まどろっこしいのは性に合わねえから結論から言うけどな、さっきの横流しってのは表向きだ」
「どういうことだ」
「そんなのはな、問題になった第十二旅団だけじゃなくて他のヤツらもやってんだよ。俺はそんなこすい小遣い稼ぎなんてやる必要なんてねえけど、ここじゃごく普通のことなんだよ」
「……それ以上の『問題』があったってことか。表沙汰にできないような」
「そういうこった」

ラルフの男臭い顔が歪められる。ここまで聞いたらその先がどうしても気になり、エリオットは急かすように彼に視線を送った。


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