第十二旅団






「第十二旅団は、最近、旅団長が交代したばかりでな」

ラルフが周囲に憚ることなく話しはじめる。
急な話題転換に、エリオットはティーカップから口を離して彼を訝しく見やった。


――サイラスと別れたあとにエリオットがラルフに案内されたのは、詰所とはがらりと変わって瀟洒な建物だった。
それは宮廷魔法使の離宮の一部で、敷地内に彼らのための食堂があり、衛兵やその他の使用人のための食堂は別に存在しているのだと、ラルフは歩きながら説明をした。

精霊の魔法灯が絶えず室内を照らし、清潔な白布のかかった丸テーブルや、床には金糸と赤の絨毯、絵画などの美術品が飾られているところなどを見ると上流階級が集うにふさわしい優雅さだ。
全員が一堂に会し食事をするのかと思えばそうではなく、時間の空いた者が順番に食事を摂りに来るという決まりになっているようだった。そのため昼時にも関わらず食堂内はそれほど人が多くない。

いくつも並ぶテーブルのひとつにエリオットとラルフが腰を落ち着けると、すぐに給仕の中年男性が食事を運んできた。宮廷の使用人として完璧な身のこなしを備えた者だということが窺い知れる。
毎日の食事内容は厨房ですでに決まっており、好きなものや嫌いなものを選ぶことは出来ない。そのかわりに上流階級らしい豪華さと繊細さを併せ持った食事だった。
ジンイェンとの温かな食卓に慣れてしまったエリオットは無機質さと物足りなさを感じながらも、出されたものを黙々と腹に収めた。

そして少々薄味のそれらを食べ終え、食後の茶を飲んでいるときにラルフが唐突に口を開いたのだった。『第十二旅団』という単語に否が応でも興味が引かれる。
その上、件の話題が穏やかではなかったので、エリオットはティーカップをソーサーに戻しながら慎重に聞き返した。

「旅団長が……交代?」
「そうだ。第十二旅団内部で不祥事があってな、時期はずれだったが前任の旅団長を解任して異例の再編成をしたんだ。まあ最近っつっても、半年くらい前だったか」

師団長や旅団長交代は、宮廷魔法使にとって一大行事とも言える。そう簡単にころころ変わるものではない。
それが急遽、上役交代という大ニュースに宮廷内は騒然としたのだと、ラルフは淡々と説明した。
声を潜めるでもなく普通の世間話のように言うので、この話題が少なくとも宮廷魔法使の内では周知の出来事なのだと知れた。

「半年前か……それは僕も知らなくて当然だな。いや、噂好きの同僚からそんな話を少し聞いた気がするな」
「ずいぶん早耳なお仲間がいるんだな」
「そういえば彼にきみのことを紹介すると約束していたんだが、会う気はあるか?」
「……彼?男かよ!丁重に断っておいてくれ。忙しいとかなんとかで」

ラルフの雑な応答を受けてエリオットは嘆息した。そして名前を出す間もなく断られたモーガンに、ほんの爪の先ほどの同情心が湧くがそれもすぐに薄れた。

「で、話は戻るが。その第十二旅団の新旅団長ってのが――クロード・オルギット卿だ」
「……!」

ラルフの口から飛び出したその名に、エリオットは喉を詰まらせた。
無意識のうちに首をさする。頸部に容赦なく食い込む指の感触が蘇ったように感じた。
同時に、背を隠す癖のない長い黒髪と紫の混じった柔らかな青瞳が思い出される。未だ、柔和な青年の姿と恍惚とした表情で首を絞め上げる恐ろしい姿がぶれていて記憶の中で重ならない。
しかしエリオットに危害を加えたのは間違いなくクロード本人だった。

サイラスから別れ際に告げられた所属名を聞いた瞬間、エリオットは言葉を失った。ラルフもまた、その場では何の説明もしなかった。
『オルギット旅団、副旅団長サイラス・バルディレオ』と、たしかに彼は名乗ったのだった。つまりサイラスは、第十二旅団の副団長でありクロードの直属の部下だということだ。

「その旅団長交代と同時に、副旅団長も変わったんだよ」
「……きみが言いたいのは要するに、サイラスのことか?」
「まあな」

ラルフが説明するには、こうだ。
もともとサイラスは第四旅団、つまりイジュ・ティナード旅団の一員だった。それが、第十二旅団の新編成にあたりそちらに引き抜かれたのだ。
副旅団長という栄転の籍は傍から見れば羨望の的でもあろう。だが『問題』のあった団の新編成組ともなれば、周囲の目も自然と厳しいものとなる。
クロードは伯爵家の人間であり非公式ながら賢人・老カルザールの孫で、若いながらも力のある魔法使と、急な人員配置には実に都合が良かったのだ。
表向きは『宮廷魔法使に若く新しい風を』という、いかにもな理由を掲げて。

特に順位等が設けられていない旅団だが、クロード・オルギット率いる新編成第十二旅団はそういった経緯で宮廷魔法使の中でも地位が低かった。
それでも、真摯で立派な仕事ぶりのクロードと、奔放ながらも人心を動かすことに長けたサイラスの働きで徐々に第十二旅団を蔑む者は少なくなっていったのだった。
事情を知る者は彼らに同情する向きもあったので、それはすぐに宮廷内に浸透した。


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