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エリオットが話をしたがっていること、その彼が宮廷におり自由な時間が限られているため、できれば三日後に会ってほしいことなどを伝えると、グランは頷いた。

「三日後ね、いいぜ。たしかエリオットってあれだよな、ロッカニアでベヌートぶっ倒した魔法使」
「うんそう」
「なんでジンがそれ伝えに来たわけ?そういやあの人連れてきたのってお前だっけ。仲いいんだ?」
「まぁね、俺の恋人だから」

さらりと言い放ったジンイェンの言葉を聞いてグランは飲んでいたエールを噴いた。気管に入ってしまったようでゲホゲホと咳き込んでいる。
酒が服に飛んだので、ジンイェンは盛大に顔を顰めた。

「うっわ、汚いなぁもー」
「お、お、お前、男……え?ええ!?」
「そういう反応飽きた。いいから納得しといてよ」
「マジか……」

呆然とするグランを見て、ベリアーノやトゥギーのことを思い出す。彼らもエリオットとの仲を暴露したときに同じような反応をしたものだ。
狩猟者は先入観に捕われていていては不測の事態に対応できないため基本的に思考や思想が柔軟だ。
そしてローザロッテのような生粋の同性愛者が身近におり、メルスタン気質の者も多くいるのでそのことについて非難されたためしはない。けれど驚くものは驚くようで、まず絶句される。
女好きのジンイェンに決まった恋人ができたことによるものか、その恋人が同性だというものか、どちらの驚きかは分からないが。
男同士の恋愛沙汰を吹聴されるのはエリオットにとっては不本意だろうが、ジンイェンはなるべく周りに知らせておきたかった。

「……まあいいか、うん。とにかくわかった。あー、もしかしてエリオットの話ってアレのことかな」
「アレって?」
「いやこっちの話。地下遺跡でちょっとな」
「えー二人で隠し事とかやめてくんない?ああそう、あとね、俺もグランにちょっとお願い事があるんだけど」
「なに?」

蒸し肉を食べる手を止めてジンイェンはポーチから小さな皮袋を取り出した。それを受け取ったグランは訝しげに袋を眺め、重さを量るように指でつまんで持ち上げた。

「それ、ちょっと見てほしいんだけど」
「……なにこれ、指輪?俺、宝飾品の鑑定なんてできねーんだけど」
「まあ、何の石かだけでも教えてくれないかなーって思って?」

皮袋に入っているのはシャオ家の家宝である龍の指輪だった。
エリオットがグランに会うと聞いてふと指輪のことを思い出し、このみすぼらしい指輪に設えられた宝石の種類だけでも知ることができないかと考えたのだった。

「鑑定屋紹介するか?」
「んーそれはちょっと……事情があって、あんま人目に触れさせたくないんだよねぇ」
「なに、盗品?」
「違う違う。正真正銘、俺のもんだって。だけどどんな石で出来てるのかとか知らなくてさ。グラン、鉱石の類ならわかるでしょ?」
「魔石ならまだしも宝石は詳しくないんだけどな……」

グランはそう渋ってみせながらも皮袋から指輪を取り出して掌に乗せた。人目に晒したくないというジンイェンの気持ちを汲んで、周囲の客から隠しながら琥珀の瞳を眇めて慎重に検分する。
腐食した金属の中心に据えられた石は、ぱっと見た感じは黒っぽいがよく目を凝らすと光沢のない赤褐色のようだ。

少しの間、矯めつ眇めつ指輪を眺めていたグランは、目を見開いて熱いものにでも触れたかのように突然それを放り出した。
龍の指輪が飲みかけのエールの中へポチャンと落ちる。
グランの思いがけない行動に、ジンイェンは吃驚して彼を見た。彼は口を半開きにして慄いたような表情をしている。
今は亡き家族との思い出に繋がる家宝を投げ出され腹も立ったが、明らかに尋常ではないグランの様子にそんな感情も消し飛んでしまった。

「グラン?」
「……あ、わ、悪い……」

グランは指輪を持った手を服に擦り付けてしきりに拭った。まるでおぞましいものにでも触れたかのような仕草だ。

「なに、どうしたの?」
「いや……その、俺もちょっとよくわかんねーんだけど……」

指輪を投げてしまったことに当の本人も驚いている。ジョッキを睨みつけながら、グランが難しい顔つきをした。

「……これ」
「ん?」
「……分かんないけど、たぶん……石じゃない」

泡立つ赤みを帯びた琥珀の液体の中で、指輪の像がぐにゃりと歪んだように見えた。


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