鍛冶師の目利き





ジンイェンは、早朝発の乗合馬車に乗ってカルルと共にガランズ入りしたあとまず宿屋を押さえた。以前からたびたび利用していた<トヌカとヤトゥン>という宿屋だ。
繁華街からかなり離れた場所にあるがそこそこ飯が美味く、なにより清潔なベッドで眠れることが一番の気に入りだ。少々値が張るのが難点ではあるが。
しかしエリオットの屋敷に住み込むようになってから宿代が浮いたおかげでここのところ懐は温かい。しばらくはこの宿屋で過ごせるだけの蓄えはある。

一方でカルルは首都にいる間、大神殿に滞在するのでジンイェンとは宿を分けることになった。神官は各地の神殿での寝泊りが無償で許されているのだ。
もちろん派閥の問題があるからどこでもというわけにはいかないが、首都の大神殿は比較的穏健な百合派でありその受け入れ口も広い。
以前あった魔物襲撃事件で神殿の壁が破損したがすでに修復は進んでおり、滞在も問題ないとのことだ。
カルルは滞在手続きと礼拝式があるということで、ガランズ初日の今日、二人は別行動となった。


カルルと別れたあと、ジンイェンはエリオットに頼まれた鍛冶師のグランの行方を調べることにした。
ガランズの斡旋所で顔見知りの狩猟者に聞いたところ、彼の住居はすぐに知れた。繁華街のはずれの工房で住み込みで働いているという情報をもとにすぐにその場所へと向かう。

狩猟者は、狩猟業を専門に生業としている者と、本業を別に持ち副業としてギルド登録している者とがいる。グランは後者のようだ。鍛冶師のような職人は普段は本業に精を出し、必要があれば狩猟者に混ざって仕事を請けるのだ。
狩猟業は人手が必要な場合が多いのでそういった『掛け持ち組』も業界内では重宝されている。

辿り着いた<火とかげ通り>は古い商店が立ち並ぶ雑多な裏通りで、鋳物屋やパン屋など火を扱う店が多く目に付いた。
通りすがる住民らしき人物に道を聞きながら不揃いの煉瓦道を行く。するとやがて奥まった場所からカン、カン、という金属を打ち合う音が聞こえてきた。
店先には鉄製の吊り看板が下がっており<マシュウの工房>という店名が綴られている。

「こーんにーちは〜?」

重たいドアを開けて一声かけてみれば、中にいた三人ほどの男が振り返った。全員が真剣な顔で仕事に打ち込んでいるが、グランの姿はない。
部屋の隅にコークス燃料を運んでいた男がジンイェンを見てムッと唇を引き結ぶ。ジンイェンの風体を一目見てこういう反応する者は珍しくない。そうされても全く気にしないが。

「兄さん、何かご用で?」
「ここって、グランいるんだよね?いま外出中?」
「あいつなら奥にいる」
「ほんと?ちょっと話あるんだけど、会えるかな」

そう聞くと、男がだみ声で彼の名を呼んだ。すぐにそれに応える声がしてグランが顔を見せた。短い赤毛と琥珀色の瞳は、こうして見ると炉の炎そのものの色合いをしている。
狩猟のときのような革鎧姿ではなく、前掛けを着けた職人スタイルのグランはジンイェンを見るなりぽかんとした。

「あれっ、ジン?何してんだよこんなとこで」
「お前に用事があってね。今話せる?」
「あーちょっと待って。……すんません親方!!昼休憩もらってもいいですか!?」

金敷き前で槌を振るっている頬髭の中年男に向かってグランが怒鳴り声に近い音声の言葉をかけると、親方と呼ばれたその人物が無言でこくりと頷いた。

「うるさくして悪ィな。親方耳が悪いんでさ。お前昼メシは?」
「まだ。せっかくだし一緒に食べよ。この辺のおすすめの店教えてよ」

前掛けを外したグランとともに工房を出て、二人は十分ほど歩いた先の酒場に入った。
グランによるとそこは昼時に食事を提供しているパブで、メニューは一種類だけだがスープと付け合わせが日によって変わるのでなかなか人気なのだという。
席についてまもなく注文もなしに牛肉の蒸し焼きとボリュームたっぷりの野菜の付け合せ、大麦の入ったトマトスープ、パンとエールが二人分運ばれてきた。
エールがなみなみ注がれた金属製のジョッキを軽く合わせて一口飲んだあと、さっそくグランが話を始めた。

「そういやお前、カルルはまだ試験から帰ってきてねぇの?」
「や、もう帰ってきたよ。今もこっちに一緒に来たんだけど今日は別行動でね?」
「ふぅん……俺いま金欠だから金貸せねーぞ」
「違うって。マジで今日はただ話に来ただけ。つか、予約かな?」


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