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エリオットの様子に気付いているのかいないのか、サイラスはゆったりとした足取りで詰所の外に出た。

「さて、とりあえず鍛錬場でも見に行こうか?そこが一番楽しいと思うし」
「お願いします」

サイラスの態度はさておき、宮廷魔法使がどんな鍛錬をしているか純粋に興味があるのでエリオットはすぐに頷いた。
彼の説明では詰所からそう遠くない場所だというので、転移魔法陣は使わず徒歩で向かった。

鍛錬場として紹介された場所は、庭園にぽつんと置かれた赤と白の煉瓦造りのアーチだった。一見しただけではそれはただの置物のようで、アーチの向こう側には庭園が見える。
サイラスに誘導されアーチをくぐると庭園ではない広々とした空間が広がっていて、エリオットは素直に驚いた。
空間拡張よりもっと高度で特殊な空間接合の魔術だ。人間界と精霊界を融和し擬似的な異界を作り出している。精霊界により深く接しているこの場所だから出来る術だろう。

空は上空が藍色、地表近くが霞がかった薔薇色という幻想的な色合いをしている。ぐるりと見回すと、地面は一面煉瓦敷きで草木も生えておらず、建物も何もない。地平線すら薄ぼんやりとしていて曖昧に煙っている。
精霊の濃度が高く、圧がかかりどことなく息苦しくもある。しかし力に満ち溢れていて全能感が湧き上がってくる不思議な場所だ。逆に言えば魔法使でなくてはここに立っていることすら困難なほどの密度の高い空間である。

「……これは……」
「ふふ、気に入ったかな?」

サイラスが自慢げに言いながら杖をくるくると回した。
鍛錬場には少なくない人数の魔法使がいた。彼らはそれぞれ一人で術を行使したり、あるいは二人一組で対峙して同等の術を繰り出し合ったりしている。
鍛錬というからにはどんな厳しい訓練をしているかと思えば、想像していた限りのごく普通の魔術だ。もちろんかなり高度で洗練された術ではある。

「あーあぁ残念っ。今日は獲物なしか〜!」
「獲物……ですか?」
「そう。まあ数日もすれば届くかなァ」
「?」

サイラスの言っている意味は解りかねたが、それを詳しく説明してくれるほど親切でもないようで、結局は彼のただの独り言で終わった。
それに、鍛錬場に足を踏み入れた瞬間から場内の人間が鍛錬の手を止めてぞろぞろと集まってきたので会話を続けられなかったということもある。
ここでもやはり女性の姿はなかった。しかし見渡す限り皆、見目の良い者ばかりでその不自然さにわずかな違和感を覚えた。

「サイラス、もしかしてそれが例の……」
「そぉそ。師団長のお客様」
「へぇ〜」
「ティナード旅団長が囲うって話じゃなかったか?」
「オレが強引に攫ってきちゃった!」

エリオットが口を挟む隙もなく、サイラスと宮廷魔法使の面々が次々と話を進めていく。話の内容は身内にだけ通じるような限定的なもので、全てを理解しかねた。
ただ、やはりここでも衆目に晒され不愉快な思いをした。その視線にねっとりとした嫌なものを感じたのだ。
挨拶を交わすくらいならばどうということはない。けれど、握手を求められては両手で撫でられたり指先に口付けられたりと過剰な接触に全身が粟立った。

「……サイラス殿。長時間の移動で少々疲れましたので、休憩してもよろしいですか」
「ああ〜そっかそっか。じゃあ出ようか」

引き止める声がいくつか上がったが、エリオットはサイラスより先にアーチをくぐって鍛錬場を出た。
緑に囲まれた庭園に出ると精霊の圧が抜けた開放感に体が軽くなったように思えた。

「――驚いたな」
「え?」
「初めて鍛錬場に入った人間は、だいたい倒れちゃうのにね」
「倒れる……んですか」

そう言われても、体に特に変化はない。エリオットは自分の腕や胸から下を見たが異常なところは感じなかった。

「慣れないうちはねー、あの異空間の空気にやられちゃうんだけど。キミはよっぽど強い魔力を持ってるんだね」

サイラスの説明によると、あの場所に慣れない間は精霊界の色濃く混じった空間に『酔って』しまうのだそうだ。ほとんどの魔法使は酔って倒れるか、眩暈や頭痛で足取りが覚束なくなる。
鍛錬場にいる間、自分の足でしっかりと立ち、歩いて出てきたということはそれに対抗しうる強い魔力を内包している証拠に他ならない。
おそらくサイラスは宮廷魔法使の洗礼のつもりで事前の説明もなくエリオットをあの場所に誘ったのだ。


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