4


「まずはこの場所をご案内します」

トリスタが指したのは特に人の多い場所だった。詰所の一階の奥まった場所に広々とした空間がぽっかりとあいている。
吹き抜け状になった広間は上の方に明かり取りの窓が並んでおり、下は一面壁になっていた。その壁には空間移転の魔法陣がいくつも並んでいる。
エリオットがトリスタとともに広間に足を踏み入れると、視線が一斉に集まった。

「宮廷内は広いので、目的の場所に移動する場合は転移魔法陣を利用します。出口と入り口は固定されていますので、お間違えのないよう」
「わかった」

トリスタにどれがどこに通じる魔法陣かと説明を受けてる間、エリオットは広間にいる全員の視線を一身に受けた。ざっと見る限り広間にいるのは男性ばかりだ。
余程外部の客が珍しいと見えてその視線には遠慮がない。余所者が入り込めば噂になるのは必然だと頭では理解していても気分は良くない。出来ればすぐにでも別の場所に移動したかった。

「……トリスタ、街に行くときはどうすればいい?」
「何かお買い物ですか?」
「いや、人と約束があるんだ」
「そのときはあらかじめ僕に申し付けてください。基本的にはこちらに滞在していただきたいのですが、如何様にも対処します」

ジンイェンとはとりあえず三日後に会う約束をしてある。もちろんそれより早くリゲラルト師団長の用事が済めばそれに越したことはない。
その日に外出したい旨を伝えると、トリスタは上に通達すると言って頷いた。

「では、次の場所へ――」

他の場所へと移動しようとしたその時、背後から気だるげな声がかかった。

「ねーえトリスタ。その案内役、ちょっとオレに代わってくんない?」
「サッ、サイラス様……!」

トリスタがひきつった声を上げたので、エリオットも慌てて背後を振り返った。そこには同年代くらいの青年が緩慢な姿勢で立っていた。
髪が淡い翠と金の濃淡色で、瑠璃色の瞳をしている。それらは星が瞬くような不思議な光を湛えており、髪と目の色に合わせるように光沢のある薄緑のローブを纏っていた。
エリオットはその姿を一目見て、驚きに思わず瞠目した。

(珍しい……ステラ族の血が濃いな)

髪や瞳の神秘的な美しさもさることながら、容姿も非常に整っている。しかし垂れ気味の目と薄っぺらい微笑みは優しげというよりは軽薄な印象を受ける。
長めの髪の一部を丁寧に編み込み、硝子玉と白い羽をあしらった耳飾りを付けている。彼の背丈ほどもある長い杖は、柄の部分が螺旋状になっている特徴的なデザインだ。

青年はゆっくり瞬きをしたあと目を細めながら魔法使の指輪を見せた。左手の小指に金の指輪を嵌めており、初級魔道師だということがわかる。
エリオットも同じく指輪を見せながら、挨拶をした。

「初めまして、エリオット・ヴィレノーと申します」
「オレはサイラス。よろしくね」
「サイラス殿……姓は何と仰いますか」
「ただのサイラスだよ。キミとは仲良くしたいんだ。気軽に呼んでくれるとうれしーなー」
「……わかりました」

サイラスに腕をゆるりと撫でられ、その手つきに嫌なものを感じてエリオットは体を引きながら少し眉を顰めた。

「ほらほら、トリスタはいつもの仕事に戻っちゃっていいからさあ」
「サイラス様、困ります。旅団長から申し付けられたことなので……」
「ティナード旅団長にはオレから言っておくから、ね」

急な青年の登場にトリスタは戸惑っていたが、サイラスに笑顔で押し切られ結局は案内役を交代させられた。
トリスタをその場に残し、サイラスは微笑みながらエリオットの背に手を添え歩くことを促した。
その強引さと距離の近さに出会った頃のジンイェンのような遠慮のなさ――あるいは図々しさを感じ取り、警戒心を抱いてしまう。

「さ、どこでも案内するよ。それと質問があれば何でも」
「…………」
「何か気になった?」
「……いえ、宮廷魔法使は男性が多いなと思っていたところです」

少し見回しただけでも女性の魔法使の姿は一人も見当たらない。エリオットが応えたことが嬉しいというようにサイラスが機嫌良く頷く。

「ああ、節制日があるからね。女魔法使に宮廷仕えは厳しいと思うよ。今在籍してるのは五人だったかな?」
「……なるほど」

節制日とは、女性魔法使が魔術の使用を控える数日間のことだ。平たく言えば、月経期間のことである。
術者の血を好む精霊が暴走し制御が難しくなるその期間は、普通の女魔法使ならば誰もが魔術の使用を止める。
それは魔法使として働く女性ならば正当なものとして認められているが、宮廷魔法使は有事に備えなければならないという特性上、節制日のある女魔法使では勤務が難しいのだろう。

「転移の間の他の施設には行った?」
「いえ……まだ到着したばかりですから」
「もぉぉ、その堅苦しい喋り方どうにかなんないかなぁ?」
「性分ですので」

サイラスの印象があまり良くなかったため、すぐに打ち解けようとする気になれなかった。それでなくとも顔を合わせて数分しか経っていない人間相手に気安い付き合いは、エリオットには難しい。
エリオットが無表情を崩さずにいるのを見たサイラスは笑いながら肩を竦めた。

「まあいいか。そのうち嫌でも仲良くなるもんね?」
「……どういうことですか」
「えぇ?」

くすくすという忍び笑いを漏らしながら曖昧に答えるサイラスに不信感を覚える。返答をしないまま歩き出した彼につられて足を進めると、今度は違う話題を振ってきた。

「エリオット、キミの得意はなに?」
「火です」

エリオットがそう答えるとサイラスは喉で笑いながら唇を指でなぞった。

「今の答えは良くないなぁ」
「は?」
「宮廷魔法使はそう聞かれたら『全て』と答えるのが正解だね。オレたちの挨拶みたいなものだから」
「……そうですか」
「覚えておくといいよ」

自分は宮廷魔法使ではない、という答えもサイラスにとっては不正解なのだろう。
非常に気分が悪いが『試されている』のだとエリオットは判断し、ただ頷いてその場をやり過ごした。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -