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馬車は衛兵と宮廷魔法使に護られた強固な門を潜ると、ラルフの言っていた通り、皇帝の住まう宮殿から進路を外して離宮へと進んだ。
宮廷の庭園はちょうど緑の濃い季節も相俟って、美しく刈り込まれた樹木や幾何学模様に並んだ花壇と芝生が見事だった。中央に据えられた円形の巨大な噴水も実に涼しげだ。
しかし離宮周りに近づくにつれ風景式の庭園になり、イメージががらりと変わった。人工池や旧時代風のフォリーが自然な風景にうまく溶け込んでいる。
そして驚くことには、周囲に漂う精霊が尋常ではない濃度だった。街中や、比較的精霊の多いフェノーザ校の比ではない。表層よりもっと深度の深い精霊界が重なっているように見える。

おそらく宮廷は精霊のホットスポットに建てられたのだろう。大戦後まもなく一度遷都があったのだが、そのような背景があったのだと一目で察した。
精霊の多寡によって術の威力は変わる。これだけ精霊が多ければ術も強大になる代わりに制御も難しくなる。
宮廷魔法使はその中で日々鍛錬を繰り返しているのだ、精鋭だというのは当然名ばかりではないのだろう。

「……すごいな」
「ああ、俺も初めて来たときは感動したもんだ。慣れちまえば変化もなにもないけどな」

馬車は離宮の近くにある別の建物の前で停車した。事務所然とした無駄な装飾のない灰色の建物だ。
宮廷魔法使の詰所だとラルフから説明されたあと、エリオットは馬車を降りた。長時間馬車に乗っていたせいで体ががちがちに固まっている。
ラルフと共に詰所に入るとまずは応接間に通された。そこには三日前会ったばかりのティナード旅団長の姿があった。彼が人好きのする笑みを浮かべてエリオットを迎える。
ラルフはティナードに労われたあと退室し、応接間にはエリオットとティナードの二人きりになった。

「やあエリオット、遠路はるばる良く来たね。待ちかねたよ」
「この度はお招きいただきありがとうございます。滞在中、お世話になります」
「まあまあ堅苦しい挨拶はそこまでにしよう。きみのことはすでに同胞全員に通達してあるから、気兼ねなく滞在するといい。――ガルムント君!」

ティナードが声を張り上げると、奥の部屋に控えていた人物が姿を見せた。
ガルムントと呼ばれたのは濁った赤毛の細身の少年だった。まだ十代なのだろう、全体的に頼りなげなあどけなさが見て取れる。
少年は胸に手を置いて銀の指輪を見せながらエリオットにぎこちなく挨拶をした。三級魔導士だ。

「初めまして、ヴィレノー様。ティナード旅団末席のトリスタ・ガルムントと申します。滞在中は僕が宮廷をご案内いたします。お見知りおきを」
「ガルムント君は子弟でね。分からないことは何でも聞くといい」
「そうですか。初めまして、エリオット・ヴィレノーです。よろしくお願いします、ガルムント殿」

エリオットはトリスタに向かって同じく挨拶をした。そうすると少年が驚いたように、長い前髪から覗く大きい瞳いっぱいにエリオットの姿を映した。
挨拶は済んだとみたティナードは、場の解散を合図するようにパンパンと手を打った。

「さてと、悪いが私はこのあと仕事が詰まっているんだ。ワイズヴァイン君から軽く説明は受けているだろうが、師団長の連絡があるまでは自由にしていてもらって構わない。好きなように過ごすといい」
「恐れ入ります」
「ではガルムント君、あとは頼んだよ」
「はい、ティナード旅団長」

エリオットとトリスタは応接間から退室し、並んでまずは別室へと移動した。
旅行鞄は御者が部屋に届けてくれるとのことだったので、エリオットはこれでしばらく自由の身だった。

「まずは施設のご案内をしますが、よろしいですか」
「お願いします、ガルムント殿」
「どうぞトリスタとお呼びください。あなたのような立派な方に畏まられると恐縮してしまいます」
「……わかった。ならばきみも僕のことはエリオットと呼んでくれ」

本人がそう望むならばと言葉を崩すと、トリスタは緊張気味だった肩の力を抜いた。
数日とはいえ世話になるのだから出来るだけ友好な関係を保っていたい、エリオットはそう考えた。

「きみはティナード旅団の所属なのか?」
「正しくは旅団預かりの子弟です。正式の所属というわけではありません。ヴィレノー様……エリオット様のご友人、ワイズヴァイン隊長にも良くしていただいてます」
「そういえばラルフも同所属だったな……」

あまり宮廷でのことを語らないラルフのことは、ティナード旅団所属で特攻部隊隊長ということしか知らない。彼は会うと決まって学生時代の思い出ばかりを話したがったからだ。
トリスタと話しながら廊下を歩いていると時々人とすれ違った。そのたびにじろじろと見られ居心地悪い思いをしたが、エリオットは極力気にしないようにした。

「……僕のような外部の客は珍しいか?」
「決して多くはありません。ですが……中でもエリオット様はリゲラルト師団長直々にお呼びしたお客人ですので、やはり皆興味があるのでしょう」
「そうか」

トリスタの視線に「自分もだ」と言いたげなものを感じて苦笑いを滲ませた。
しかし少年は、しつこく詮索することなくさりげなく話題を逸らしながらエリオットを誘導した。


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