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フェノーザ校に着くと、フェリクスとともに宮廷の迎えを待った。
途中、今日から宮廷に滞在することを聞きつけたモーガンに当てこすられたが、フェリクスが側にいたおかげでそれも少なくて済んだ。
あらかじめ伝えられていた迎えの時間近くになると二人は正門に移動した。
しばらくして二対の羽馬とエニシダの紋が入った馬車が見えてくる。宮廷魔法使の紋だ。エリオットはそれを見て緊張に全身を強張らせた。

馬車が目の前で停まり、御者が恭しく扉を開けた。より一層表情を引き締めたが、中から顔を見せたのはラルフだった。その姿にエリオットの緊張が一気に解ける。
フェリクスも面白がる目つきでラルフを見やった。

「よっ」
「ラルフ……きみか」

ラルフは馬車から降りるとかつての恩師を目の前にして軽く目礼をした。
二人は対抗戦の騒動で会い、そのときに少し話をしていたのですでに打ち解けている。

「ラルフ君、きみが迎えかい?」
「はい。私が名誉ある任を仰せ仕りました」

大げさな口ぶりでからかうように言うラルフに、エリオットは冷たい視線を送る。それとは対極にフェリクスがからからと陽気に笑った。

「ふざけるなラルフ」
「まあまあエリオット君!相手が友人ならば気が楽だろう?」
「そういうこと。ほら、ここでのんびりお喋りしてる時間なんてねぇんだから早く乗れよ、エリオット」
「……わかった。それでは、しばらく留守にしますがよろしくお願いします、教授」
「ああ、楽しんでおいで!」

フェリクスの言葉に、人が悪いなと小さく苦笑した。まるで未知の領域に踏み込むのだ、とても楽しむ余裕などない。
御者に荷物を預け馬車に乗り込むと、続けてラルフが隣に座った。
ゆっくり馬車が動き出してからエリオットは大きく溜め息を吐き、隣のラルフをちらりと見た。

「……まさかきみが来るとは思わなかった」
「そうか?俺とお前が友人だって先に知られてんだから、迎えとしてはこれ以上ない適任だと思うけどな」
「まあ、言われてみればそうか」

首都までの道中、見知らぬ人間と過ごすよりはラルフの方が余程気安いとは思うが――。
ジンイェンの忠告を思い出して思わずラルフから距離を取ると、それを見た彼が喉で笑った。

「なんだ、あの優男に『気をつけろ』とでも言われたか?」
「…………」
「そう警戒すんなって。宮廷の正式な客人に変なことしねぇよ。そんなことしたら俺なんて一発でクビだっての」

首を掻っ切る真似をしながら笑うラルフに、エリオットはなおも半信半疑の視線を送った。

「……この前のは悪かったって。頼むから今まで通り――とまでは無理でも普通にしててくれ。そうじゃないとやりづらい。宮廷にいる間は絶対に手は出さねぇから」
「その言葉、信じていいのか?」
「約束する」

ラルフの目を覗き込むと迷いのない強い意志を感じ、とりあえずはそれを信じることにした。
エリオットとしても長年の友人に疑心を持ったまま接したくはない。そして本音を言えば宮廷内で一人でも顔見知りがいるというのは心強くもある。

「宮廷内は小火なんぞで謹慎になったりしねぇから、気に入らなけりゃ俺に思う存分魔術食らわせたっていいんだぜ?」
「……そうか、わかった」

そこまで言われて、エリオットも腹を決めた。ラルフは有言実行の男だ。その約束を安易に違えないだろう。

「えーっと……あ、そうだ。ちょっと説明しとくが、宮廷に着いても宮殿には行かないからな。リゲラルト師団長に呼び出されたらすぐに駆けつけられる場所にいてくれ」
「ああ。それで、宮廷内で僕はどう振舞ったらいい?」
「別にどうも。自由にしてていいと思うぜ。適当に見学でもしてりゃいいさ。たぶん子弟が世話役につくはずだから、そう不便なこともないだろ」

子弟とは宮廷魔法使の卵で、宮廷に入りたての者がこれにあたる。数ヶ月、あるいは数年、見習いとして宮廷に仕えるのだ。
ラルフは一年ほどで正式な宮廷魔法使に昇格したのだと聞いている。

「そんで、宮廷魔法使の住む離宮があってお前はそこに滞在することになってる。寮みたいなもんだな。その周辺に図書館だの音楽堂だの施設がたくさんあるから数日は飽きないんじゃないか」

言いながらラルフが大きくあくびをする。彼自身は宮廷に住んで長いので目新しさもないのだろう。

「それと宮廷内は帯杖が規則だからそれに従ってくれ」
「わかった。……帯杖が規則だなんて珍しいな」
「いついかなるときでも有事に備えるのが宮廷魔法使なんでな。お前みたいな長い杖じゃ苦労するだろうが」
「慣れてる」

エリオットは傍らに置いた杖を撫でた。杖袋に仕舞ってはいるが手に馴染む感触に、長年の相棒のごとき親しみを感じる。

「それ、杖屋に見せてるか?」
「まあ……」
「この前見たとき杖先が擦り切れてたぞ。宮廷お抱えの杖屋に見てもらったらどうだ?」

それはいい案だと思った。エリオットのような長い杖はどうしても地面に杖先を置いてしまう。先端は磨耗防止のために金属で覆ってはいるが、定期的に取り替えないと錆や傷ですぐに駄目になるのだ。
黒竜との戦いでかなり擦ってしまったから、ラルフの言うように杖先はボロボロになっている。
それでもこの長さが合っているので無理に変えようとは思わなかった。杖の長さは完全に好みの問題だが、そういった嗜好もまた魔法使の術の精度に微妙に関係する。

「ああ、ぜひ頼みたい」
「だったら俺から話を通しておく。即日ってわけにゃいかねぇだろうが、客人だって言えば優先してくれると思うぜ」

そうして他愛ない話をしながら馬車に揺られること三時間あまり――エリオットとラルフを乗せた馬車は宮廷に到着した。



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