予感


エリオットが自宅に帰りつくと、すでにジンイェンの姿があった。
ジンイェンは目尻を下げて帰宅した恋人を労うように柔らかく抱きしめた。外出着である深紫色のローブは、外気に晒されていたせいで埃っぽく感じる。

「おかえりぃ。待ってたよ」
「今日は早かったな、ジン」
「うん、今日の仕事は近場だったからね。早く帰ってきたんだ」

ジンイェンはローブを脱がせてハンガーにかけたあと食事の用意をし、侍従のようにあれこれとエリオットの世話を焼いた。
それは恋人同士というよりも主従関係に見えるが、この距離感がちょうどいいのだと互いに納得しあっている。

夕食の席で、エリオットはティナードのこと、宮廷に招待されたことなどを話した。それらを聞いたジンイェンが「ふーん、わかった」とあっさりと頷く。
てっきり渋るか反対されるかと思っていたエリオットはその返答に拍子抜けした。――しかし、やはり彼はそれだけではなかったのだった。

「いいのか?」
「だってもう約束しちゃってるんだよね?」
「ああ。それに職場経由だからな。断ろうにも体裁が悪すぎて断れない」
「分かってるよ。だから、俺も行く」
「はっ!?」

ジンイェンの口からさらりと出てきた言葉にエリオットの目が丸くなる。
ぽかんとしながらジンイェンを見ていると、彼はいつもの胡散臭い笑みを浮かべた。

「前言わなかったっけ?俺、ジョレットとガランズを行き来してたって。だからそっちにも仕事のツテあるし、別に困らないよ」
「あ、ああ、そういうことか……。カルルは?」
「あいつだって同じ。つか、狩猟者ってどんな場所でも何かしら仕事はあるから、基本的に大陸のどこ行ったって平気だよ?」
「そ、そうか」
「まあ、場所によっては言葉の壁はあるかもしれないけどね。オルキア語は公用語だし、今んとこ困ったことはないかなぁ」

あっけらかんと言い放つジンイェンは、最近自分用に用意したという長い箸でボイルした青豆をつまんで口に運んだ。
その様はどこか気品のようなものを感じさせて、子供の頃良家育ちだったというのは本当なのだと思わされる。

「――で、エリオットはどこに泊まるの?」
「ティナード旅団長の口ぶりからすると、おそらく宮廷内に滞在することになると思う」
「へぇ……」
「まさか宮廷にまで侵入するなんて考えるなよ。宮殿は警護が厚いんだ、いくらきみでも危険すぎる」

エリオットはすぐにジンイェンのしそうなことを先回りして牽制したが、彼はニヤニヤと笑うだけだった。

「ずっと宮廷内にいるわけじゃないし、そもそもすぐに用事は終わるかもしれないから」
「んー……うん、わかった」

渋々といった様子で頷くジンイェンは、やはり宮廷内に侵入するつもりだったようだ。
恐れ知らずなのか、無謀なのか――エリオットは呆れ顔で彼を見やった。

「だってさぁ、気が気じゃないんだよ」
「何が?」
「宮廷ってことは、ラルフとか、クロード……だっけ?あの変態野郎。あいつらがいるってことじゃない」
「ああ、まぁそうだが……」
「それに宮廷なんて絶対ロクな場所じゃないし。フゥ見てればわかるよ」

陰謀渦巻く宮廷、それはいつの世もどの国でも当然のようにあるものだろう。
安穏としたフェノーザ校でさえ、派閥や思惑が千々に入り乱れている。宮廷魔法使ならばその比ではないということは容易に想像がつく。

「あの二人のことは……とにかく気をつける。それ以前にまず一人歩きは許されないだろうから大丈夫だと思うが」
「うーん……アンタって変なとこで抜けてるしねぇ。俺、すげー心配」
「ば、馬鹿にするな」
「相手が男だからって気を許さないでね。物陰に連れ込まれないように気をつけて」
「きみはそんな心配しかしないのか」
「大事なことですー」

もっと陰鬱な行為に対する心配かと思えば色恋の注意をされ、エリオットはみるみる顔を顰めた。
ジンイェンが至極真面目に言い募ってくるのがまた腹立たしい。しかし未遂とはいえ前例がある分、胸を張って言い返せないのもまた事実だった。


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