3


自分の椅子に腰掛けたフェリクスは、生え際のやや寂しい額をぱちんと叩いた。

「三日後とはなかなかせっかちだね!!」
「ええ、そうですね。おそらくあちら側ももうそのつもりで準備をしていたのでしょう」
「僕は、もしかしたらきみが申し出を断るかもしれないと思っていたけれどね!」
「旅団長閣下を前にそんなこと出来ませんよ……」
「ははは!!」

面白くもない冗談にムッと唇を結ぶエリオットを見てフェリクスが腹を抱えて笑う。
フェリクスの笑いが収まるのを待って、エリオットは表情を引き締めた。

「……あの、フェリクス教授、実は相談がありまして――このあと宜しいですか」
「そんな気はしていたよ!……雷の精霊王のことだね?」

エリオットは頷いた。フェリクスに促されてソファに掛ける。
そして休暇中にあった出来事――狩猟者と共にベヌートの討伐をしたこと、そのときに雷の精霊王と契約したことなどを事細かに話した。

「……炎の精霊王はどうしたのかね」
「それは……その、自分の不手際で魔力が足りなくなって呼び出せなかったんです」
「ふむ。それは何故?きみほどの魔法使ならうまく魔力をコントロールできるはずだと思ったが」

静かに聞かれて、エリオットも話すべきかどうか迷った。
しかしこういうとき決して強引にしないフェリクスの懐深い態度に、結局は負けた。

「……実は、それより前に禁呪を行使したんです」
「禁呪だって!?」
「はい、時の魔法です」

言ってしまってから、その恐ろしい術を改めて思い出しぞっとした。己が身を削られていくあの感覚がまざまざと甦る。
もしかしたらあれ以外に方法はあったのではないか、今でこそそう思うがあの時はとにかく気が急いていた。
フェリクスは顎に手をやって無精髭をざらりと撫でながら唸った。

「きみは……今は大丈夫なのかい?後遺症などは?」
「特にありません。魔術も問題なく使えますし、体調もいつも通りです」
「なるほど」

フェリクスはエリオットの姿を上から下へと見て頷く。確かに彼に別段変わったところは見られない。

「きみは何故、禁呪を使ったんだい?」
「それは……友人を助けるため、でした」

今はその友人もすっかり自分の恋人になってしまったのだけれど。
ジンイェンとの出会いを思い出して、エリオットは不思議な気持ちに駆られた。

「雷の精霊王――か」

ぎし、とフェリクスが革張りの椅子に体を沈みこませた。
夕刻間近ということもあって、その顔に濃く影が出来ている。

「精霊王と交信したときの事を覚えているかい?」
「正直、あまり……。無我夢中で、かなりの極限状態だったこともあって契約が出来たことすら奇跡だと思います」
「……雷の精霊王は、気難しい。僕はきみにそう教えたね」
「はい、確かに」

一言に魔法使といっても、その素質や相性、得手不得手は様々だ。
エリオットが最も得意としているのは火。その近似である光魔法も相性は悪くないし、はっきりと得意な部類だと言える。
だからこそ、フェリクスのもとで雷の精霊王の勉強をしていたのだ。もし次に契約するならば、それが妥当だと思っていた。
しかしフェリクスは契約を勧めてはいなかった。むしろ「まだ早い」として引き留めていたくらいだった。

「……勝手に契約をしてしまって申し訳ありません」
「あーいや、いいんだよ!そのことを咎めているわけじゃない。少し驚いただけでね」
「?」

確かに本人が言うように怒っているような表情ではなかった。しかし含みのあるような言い方にエリオットは首を傾げた。
フェリクスがゆっくりと口を開き、短く言う。

「雷の精霊王は、愛情深い」
「え?」

突然何を言い出すのかと訝しげにフェリクスを見やる。彼は笑みを深くしながらぐしゃぐしゃの頭髪を撫で上げた。

「その愛情は少々偏っていてね。恋情と言ってもいい激しさを孕んでいるんだ。つまり雷の精霊王はそういう者に傾倒する」
「あの……どういう意味でしょうか」
「きみ、恋をしているね」
「はっ!?」

フェリクスが確信を持ったように断言したのでエリオットは目を丸くした。



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