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「先日、黒竜と魔物がこのフェノーザ校に突然出現したようだね」
「ええ」
「そのときに、我らが同胞、ワイズヴァイン君と協力して黒竜を討伐したのだとか」
「仰る通りです」

事実の確認、という風に聞かれて首肯する。ティナードは目尻の皺を深くしてぐっと身を乗り出した。

「そのことで、リゲラルト第三師団長閣下が怒っておいででね」
「え、あ、はい?」

リゲラルト師団長は、あの日ラルフが付き添ってきた上司だ。名実共に実力者で国内外で有名人であるし、同時にその厳しい人柄も知れ渡っている。
理由はわからないが、そんな御仁を怒らせてしまったと聞いてエリオットはさっと青褪めた。
しかしそんなエリオットの様子を見たティナードは可笑しそうに声を上げて笑った。

「あっはっは!すまない少々意地悪が過ぎたね。お怒りなのは御大ご自身にだよ。自分がいながらすぐに場を収められなかったことと、かくも優秀な人材を見逃していたことにね」
「はぁ……」

話の行方がいよいよ見えなくなって、エリオットは気の抜けたような返答をした。
黙ってその様子を見ていたフェリクスが、エリオットの肩を強めに叩く。

「つまりね、リゲラルト師団長殿がきみとぜひ話をしたいと仰っておいでなのだよ!」
「ぼ、僕ですか?」

思わぬ言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げたエリオットに、ティナードがさらに言い募る。

「ワイズヴァイン君とは学友だったと聞いた。なぜエリオットのような秀でた友人を隠していたのかと、彼は厳しく追及されていたよ」
「たしかに彼とは友人ですが……率直に申し上げて、過大評価に過ぎます」

エリオットは気を落ち着かせ、慌てることなく冷静に言った。
黒竜はジンイェンやカルルの助けもあったから討伐できたのであって、ティナードやリゲラルトが聞いている通りの英雄ではないからだ。
その態度に、ティナードの片眉が跳ねる。

「ほう、なかなか控えめな若者だな。宮廷魔法使への伝手ができたのだと喜ばないのかな?」
「ああいえ、決して軽んじているわけではありません。非礼をお許しください。そう仰っていただいたこと、光栄に存じます。ただ突然のことで混乱しておりまして……」
「無理もない。事件があった直後だものな。師団長は本当にただきみと話してみたいだけなのだよ。決して悪いようにはしない。
 しかし立場上気軽に宮廷を離れることができなくてね。数日ほどこちらに招待したいのだが、頑固爺の我侭と思って受けてもらえるかな?」
「それは――」

エリオットはそっとフェリクスを見やった。職に就いている以上自分の意思で返答ができるものではない。
しかしフェリクスがうんと優しく頷く。

「すでにカルザール校長も承知しているよ。宮廷への研修として認可すると仰っている。あとはきみ次第だ」
「…………」

宮廷ということは首都に滞在することになる。それがどれくらいの日数になるかはわからないが、たしかに滅多にない貴重な機会だ。
さらに旅団長自ら足を運ぶということは、学校機関を通した宮廷からの正式な招待である。これを断るのは大変な非礼に値する。
エリオットは少し考えたあと、姿勢を正してティナードを真正面から見据えた。

「……ご招待、ありがたくお受けいたします」
「良かった。きみに断られていたら私の首が飛ぶところだったよ」

パイプ片手に大げさな冗談を口にして快活に笑うティナードに、エリオットの方が心臓に悪く思った。
フェリクスも同じように笑っている様子を見て、さすが肝が据わっていると感心してしまう。

「その……ですが、滞在はどれくらいになりますか」
「それはリゲラルト師団長の予定による。あの方はとにかく多忙だから、どのタイミングで時間が取れるか分からないのだよ」
「そうですか」

受けてしまった後で困った、とエリオットは表情を少し曇らせた。
仕事とはいえジンイェンと離れてしまうのは寂しく感じる。そんな私情を挟めるほど子供ではないと頭では理解しているが。

「ま、ゆるりと宮廷見学でもするといい。滞在中の宿舎もこちらで用意する。良ければ鍛錬の場に混ざることも許可しよう」
「それは、ありがたいことです」

そう答えたのは嘘ではないが気が進まないのも確かだ。市井の一介の魔法使である自分が、最精鋭の宮廷魔法使の鍛錬についていける自信はまるでない。
エリオットは嘆息したい気分だったが、客人の目の前でそうすることは憚れて得意の無表情を繕った。

ティナードはパイプ煙草をひっくり返し、灰を落として宙に散ったそれを火魔法で燃焼させた。簡単そうにやっているが、灰が床に落ちる前に燃焼しつくすというのはなかなか難しい芸当だ。
エリオットが内心驚嘆しながらそれを見ていると、彼はゆったりと立ち上がった。

「では、三日後にこちらへ迎えを寄越そう。また会えるのを楽しみにしているよ」
「分かりました。お待ちしております」

エリオットはフェリクスと共に正門までティナードを見送ったあと、フェリクスの研究室へと移動した。



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