宮廷からの遣い


柔らかい陽光に照らされた窓辺で、エリオットは一心不乱に机に向かっている少年の華奢な背中を見つめた。
年の頃は8、9くらいだったと記憶している。
白金の混じった絹糸のような銀髪を背中まで伸ばした、褐色肌の少年がおずおずと手を上げる。

「先生、できました……」
「――全て正解です。ですがもう少し欲を言わせていただければ、ザダ神聖国、第十四代教皇のガフー・リートンは通称名ですので、ギルジスガフェルランド・リートン猊下としたほうがよろしいかと存じます」
「はい、わかりました……ごめんなさい」
「……殿下はよく学んでおられますよ。私がお教えすることなどないほどです」
「はい……」
「先生、先生!聴いて、さっき新しい曲を覚えたの!」

はきはきとした活発な少女の声に少年がビクッと震える。
少年と似た容姿を持つ少女が、動きやすそうな足首の見える丈のドレスを翻して近づいてくる。
エリオットは少女を前に頭を垂れた。

「リアレア殿下」
「あンもう、シルファンはどいて!あなたって本当にグズね!部屋に戻っててよ!」
「ご、ごめん……」

何故このようなことになっているのか――エリオットは軽い胃痛と眩暈を感じながら、目の前の子供達を現実感のない絵本でも読んでいるような心持ちで見つめた。







ことの起こりは半月ほど前にさかのぼる。
フェノーザ校で魔術対抗戦の最中に魔物の群れに襲われるという事件があった次の日、学校は混乱を避けるため急遽休みとなった。
休校の間に教授と准教授が総出で演習場や中庭の片付けをし、黒竜が破壊した中庭とその隣接の校舎は、土木、建築の業者を呼んで急いで修繕することになった。
その間使えない教室は他教室を使用することになり、教授も生徒も連絡の行き違いで使用教室を間違え授業にならない、ということが多発したのが、事件の思わぬ余波だった。

また、聖獣、魔物や魔獣などの講義を専門としている生物学の教授の見立てで、黒竜は幼体だったことが判明した。
成獣間近ではあるが、まだ子供だったのだ。中庭いっぱいを占めていたせいで巨体に見えたが成獣のドラゴンはもっと大きいとのことだ。
しかし子竜だったとしても黒竜を倒したことは十分快挙に値する。

ところが、エリオットがジンイェンに会いたい一心でラルフにその場を丸投げしてしまったことがのちのち仇になった。

まず、エリオットは協会未申請の精霊王魔術を行使したことによる説明を求められた。
一人一人に細かく説明すると面倒極まりないので「休暇中に契約した」とだけ皆に説明して、フェリクス教授には事の顛末を相談しようと決めていた。

雑事をこなしているうちにそのタイミングを逃していたが、十日後にフェリクスの方から呼び出しがかかった。
呼び出されたのは教授の研究室ではなく応接間で、やや緊張の面持ちでエリオットは重厚な扉をノックした。

「失礼します。エリオット・ヴィレノー、参りました」
「どうぞ!」

フェリクスのいつもの明るい大声が応えたので、ゆっくりと応接間のドアを開く。
するとそこにはフェリクスだけではなく、もう一人見知らぬ人物がいた。
日の出の太陽ような金髪に褐色の肌、藍のように見える深い青色の瞳という、始祖種族の特徴を持った壮年男性だった。鷲鼻で、全体的に骨格がしっかりとしているなかなかの男前だ。
彼は白いローブをゆるりと羽織り、一見して高貴な雰囲気を纏ってパイプ煙草を吸いながらソファにゆったりと腰掛けている。

「やあやあ待ちかねたよ、エリオット君!」
「あの……そちらは」

大げさに腕を振るフェリクスの傍に近寄り、控えめに疑問を投げかけると、男性が白い煙をぽぅ、と吐いて愛想の良い笑みを深くした。

「そうだね、まずは紹介しようか!こちらは宮廷魔法使、イジュ・ティナード旅団長殿だ。そしてエリオット・ヴィレノー准教授です、ティナード殿」
「ようやくお会いできましたね、ヴィレノー殿」
「え?あ……は、失礼しました。お目にかかれて光栄です、ティナード旅団長閣下」

エリオットが胸に手を置いて丁寧にお辞儀をすると、ティナードはまるでお気に入りの甥でも見るような親しげな表情をした。
一方でエリオットはひどく混乱していた。顔は初めて見るが、イジュ・ティナードの名は良く知っていたからだ。
第四旅団を率いる義気凛然とした魔法使として有名な人物である。
なぜこの場に宮廷魔法使の、それも旅団長がいるのか――。エリオットはまるで見当がつかず呆然としながら、フェリクスに促されてソファに掛けた。

「さてさて、どこから話そうかな?」
「私が説明しようか。ヴィレノー殿……エリオットと呼んでも?」
「はい」

ティナードはすぐに言葉を崩して親しげに話しかけてきた。
一体何を言われるのか、エリオットはただ大人しく頷くことしかできない。フェリクスが面白がるような目つきでそれを見つめている。



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