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「そういえばダンスパーティーってどうなったのかな?」
「さすがに今年は中止だと思うが」
「あっても行かないでね?」
「行かないよ……というか、腰が立たないから行きたくても行かれない」
エリオットの言葉にジンイェンが相好を崩す。
「あ、家に帰ってこれる?」
「空間移動の魔術を使うから平気だ」
「わぉ、便利」
ジンイェンはけらけらと笑いながら黒のストールを巻いた。
窓を開けると、さぁっと新鮮な外の空気が部屋に満ちる。夜になりかけの、湿ったような独特の香りのする風に胸がすっとした。
「メシ作って家で待ってるね」
「ああ」
「愛してるよ、エリオット」
ちゅ、と指先でキスを投げるという気障なことをしたあと、ジンイェンはおなじみのように窓から出て行った。
窓からするりと抜け出したジンイェンの姿を見送ったその瞬間、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「ヴィレノー准教授? いらっしゃいますか。スメラータです」
「は、はい?」
同僚の女性が扉一枚隔てた向こうにいると知って、エリオットは己の痴態を恥じた。
まだ裸で、情交のあとも生々しい姿でベッドに横たわっているなど、気付かれはしないだろうが急に羞恥に苛まれる。
「お加減いかがですか。薬湯をお持ちしますか? あるいは薬師の治癒など受けられては……」
「あ、いえ、横になったから平気です」
大魔術の行使で疲れているからという安易な理由で場を抜け出してきたことを思い出し、慌てて話を合わせる。
スメラータはエリオットの声を聞いて安堵したのか、「お大事に」と一言言い添えて戻って行った。
無人になったことを確認したエリオットは一息吐いて服を着込んだ。
素早く荷物を纏め、鈍痛のする体に鞭打って宿泊施設の管理人に退室の手続きを頼む。
空間移動の魔術の魔法陣を展開して自宅の屋敷に戻ると、夕飯のいい匂いが漂っていた。
「おかえり」
そう言って腕を広げながら出迎えたジンイェンを見て、エリオットは瞳を細めて温かい腕の中に納まった。
遠くで魔術対抗戦フィナーレ恒例の花火が打ちあがる音が響いてくる。
それを聞きながら、二人は甘く濃やかな口付けに酔い痴れた。
◇ ◇ ◇
真っ暗な部屋だった。
広く、ひたすら広く、この場所にはもうずっと静寂しかない。
「!」
紅いいびつな水晶玉の中央にパキリとひびが入り、白い霜に覆われた。
ひび割れは止まらず水晶は粉々になってざらりと崩れ落ちる。
それを無言でじっと見つめていた影は、にたりと老成した笑みを浮かべた。
「もーいいかい?」
――みーつけた!
第四章 END
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