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エリオットは眉間を寄せてジンイェンを見つめた。彼は寂しそうでいて、悲痛な面持ちをしている。

「だって、エリオットは貴族の長男でしょ。いずれ家を継ぐって分かってる。そしたらお嫁さんだって必要だしね? 俺は、それを引き止められない。
 身を引かなきゃいけないのに一人で本気になって……俺、バカだよねえ?」
「僕が……僕の方が遊びだって言いたいのか?」
「違うよ。アンタがそんなこと出来るような性格じゃないのは知ってる。でも、一時的な関係だってのは考えれば分かることだから――」

だからフゥに聞かれたとき言葉を濁した、とジンイェンが表情を曇らせる。

「……馬鹿だ。きみは、本っ当に馬鹿だ……!」
「うん……」
「ぼ、僕がそんな覚悟もなしにきみと恋人になったと思ったのか!」
「……エリオット?」

彼らしくもない大声の罵倒に、ジンイェンは窺うようにエリオットを覗き込んだ。

「はっきり言う。僕はヴィレノー家を継ぐ気はない」
「え……?」
「もともとそんな気はなかったんだ。家督は妹のいずれかに譲るつもりでいた」
「ど、どうして?」
「僕が何年も後添えを娶る気配がないから、家督相続は両親には半ば諦められてるんだ。それで……近いうちに正式に権利を放棄するつもりだった。
 そのときにきみのことも家族に話すつもりで――」

そうなると、家族の縁を切られるかもしれない。エリオットの胸に重みが増した。

「最悪ティアンヌの家にも親戚の縁を切るよう報告するつもりでいたんだ。
 そうしたら今の職もこの家も手放さないとならないかもしれないが……ジンと、この先も一緒にいるつもりで、僕は……!」
「エリオット」

顔を赤くして興奮している様子のエリオットをジンイェンはきつく抱きしめた。
エリオットもそうされてカッとしてしまった己を恥じ、勢いを収めた。

「ごめん、エリオット。アンタがそこまでしてくれようとしたなんて……俺、勝手に決め付けてバカだね」
「い、今はまだ言えなかったんだ……慎重に話を通さないといけないと思ったし、こんな、それこそ僕の決断がきみの重荷になったらと思って……」
「違うよ。嬉しい。でもつらい……エリオットが俺のために色々捨てようとするのが、つらいよ」
「きみのためじゃない、自分のためだ。きみと一緒にいたいから、自分勝手なことをしようとしてる。……馬鹿なのは僕も同じだ」

エリオットは皮肉げな笑みを浮かべながらジンイェンの唇に自分の唇を触れ合わせた。
ジンイェンがぽかんとした表情をしているのが少し可笑しい。

「でも……その、長男が継がないことで色々言われないの? 女の子が継いでもいいの?」
「オルキアではそもそもそこまで男子上位というわけじゃない。ジンはそのあたりのことを知らないのか?」
「知らないわけじゃないけど……ヒノンがそうだから当然そうなのかと思ってた」
「なら、宗教柄かもしれないな。夫婦神はその関係も同等であるべきだというのが第一の教えだから、男女の優劣は意味がない。
 家督相続も相応しい者にという考えから、下のきょうだいに譲ったところで問題はないし、そんなことで揺らぐ家格でもない。ティアンヌの父親だって入り婿だ」

一息に告げてから、エリオットは嘆息して言葉を切った。
ジンイェンの灰色の瞳が様々な思いで揺れる。恋人にそこまで愛されていたと知り、躊躇いと少しの不安と、それらを上回る歓喜。
それはエリオットも同様の気持ちだった。

「……妹たちもしっかりしてるから家督を譲ること自体にそれほど不安はないんだ。一番上の妹は婚約者もいるしな。まだ正式な婚姻はしないようだが……」
「そっか。妹さん、一度見てみたいな。エリオットに似てる?」
「どうかな……似てると言われたことはないが」

エリオットは家族の姿を思い浮かべた。すっかりと忘れていたが、ガランズで購入した母や妹たちへの贈り物はどうなっただろう。
魔物襲撃事件の混乱で荷物はなくなってしまったかもしれない。
そうなると手紙を送るか、休暇を取って一度帰郷するか、とエリオットが顎に手を当てて考えているとジンイェンがふと顔を上げた。

「……ごめん、話の続きはまたあとで。俺そろそろ行くね。誰か来たみたい」
「え?」

エリオットの耳には何も聞こえないが、ジンイェンは人の気配を察したようだった。
ベッドから降りたジンイェンは脱ぎ捨てた衣服を素早く身につけ、恋人の甘い雰囲気を抜き去ったいつもの顔に戻った。



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