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軽い口調でとんでもないことを言っているジンイェンにエリオットの心臓が縮み上がる。
国長に繋がる忠臣だとは聞いてはいたが、そこまでの家格だとは思いもよらなかったのだ。

「次の天司になる豪族家は選挙前にもう決まってるんだけど、基本的に明かされない。でもたぶん、次は、俺の家が『当選』する可能性が高かったって兄貴に聞いた。
 俺の伯父はそれを知ってて狙ったんだよ。次期天司の座を。自分か、自分の息子に就かせるためにね」
「だが、現在の長は……二十年在位が決まりなら、まだかなり年数があるんじゃないか?」
「選挙にはね、例外があるんだ。天司が亡くなると特例として緊急の選挙するの」
「天司は健在だろう? まだ40か50くらいだったはずだよな」
「……今の天司はたぶん長くない」
「なっ……」

驚いてエリオットは弾かれたようにジンイェンを振り返った。彼は、何を考えているのかわからない無表情をしている。

「言ったでしょ、フゥが天司お抱えの暗者だって。常に狙われてるんだよ、天司ってのは。暗殺なんてあたりまえ、だから二十年在位なんてほとんどありえないわけ。
 そういうのを危惧して優秀な暗者が身辺を護ることになってるの。それが、どうやったのか現・天司は弱い毒を長年盛られてたみたいで近年はかなり弱ってた。
 狡猾なやり口で前任の暗者は気付かなかったみたいだけど、兄貴が着任してからおかしいと思って秘密裏に調べてたんだってさ。そしてようやくその原因を突き止めたんだ。――俺の伯父だよ」
「それも伯父御の仕業だって!?」
「そう。ずっと変だなと思ってたんだよ。シャオ家はたしかに地位もあるし国政にも繋がってるけど、家族全員皆殺しにするほどのものがあるのかって。
 そもそも伯父はどうしてシャオ家の長男なのに家を継がなかったのか……いや、継げなかったのかって疑問も出てきてさ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

自分は今とんでもないことを聞いているのではないか――そのことに気付きエリオットはぞっとした。
話を中断され、ジンイェンもやや興奮していた己を落ち着かせた。

「……つっても、俺の家族の件と同じで確たる証拠が上がらなかったんだよ。小さい汚点から強引に話を広げて持っていってもいいんだけど、悪いことに現・天司の家は伯父より――つまりシャオ家より下の家格でね。
 天司っていっても家同士の軋轢は無視できなくてさ。おまけにシャオ家は規模が大きくて、いちゃもんつけたところでいくらでも免罪されそうなんだよ」
「思ったよりきみはいい家の生まれだったんだな」
「そう、それが問題でね? 俺が生きてるって知られたら伯父にとってはすごくまずいわけ。だってシャオ家の生き残りだよ? 横から出てきた伯父の家より正当な跡取り。
 つまり俺が次期天司ってことになる。トップだよトップ」

エリオットは完全に言葉を失った。
今目の前にいるこの青年が――自分の恋人が、国の長の資格を持っていると聞かされて、さすがに冷静ではいられない。
考え込んでしまったエリオットを見て、ジンイェンは苦笑しながら肩をすくめた。

「そんなのは俺だってごめんだよ? そもそも嫡子って言っても、真っ当な教育を受けたわけでもないただの盗賊だし。
 だけどまあ、ヒノンでは血の重きは絶対で、長年の風習だからそうなったらどうしても避けられないからさ。だから俺も、俺の素性を知ってる奴も皆隠してるってわけ。
 それに絶対にあの伯父なら俺のことを知ったら始末しに来ると思うから、そういうのも面倒だしねぇ。……や、逆に俺を無能な長に据えて裏から国政を操ることくらい考えるかもね」

からからに乾いた喉に唾液を飲み込んで潤すと、エリオットは掠れた声を絞り出した。

「そ……そんな、ことを、どうして僕に話したんだ! 僕がきみのことを誰かに漏らしたら――」
「うん。だから知ってて欲しかったの。俺の秘密。俺の大事な人だから、隠しておくことも嘘つくこともできなくて」

ジンイェンはエリオットを背後から抱きしめ細いうなじに唇を這わせた。
縋りつくようなその仕草は、どこか幼い子供を彷彿とさせた。

「アンタを信用してるとか、そういうこと以前に……俺の全部を受け入れて欲しいっていう我侭だよ」
「ジン……」
「こんな重いこと、一方的に背負わせてごめん。好きになっちゃってごめん」
「ジン……馬鹿なことを……」
「兄貴って俺に対してすっげー過保護でさ。俺がいずれエリオットにこういうことを言うって分かってたんだと思う。
 だからあの夜、遊びにしておいてそれ以上踏み込むなって忠告しにきたんだよ。今更もう遅いし、それ以上に俺はエリオットと離れるなんて考えられなかったのにね」

一度言葉を切って、ジンイェンは汗の匂いの濃い耳元や華奢な肩にキスを落とした。
エリオットは骨張っていてどう見ても男性特有の体つきなのに、噎せ返るような色気がある。この体を自分以外誰にも触れさせたくなかった。

「でも兄貴に言われて俺が躊躇したのは……エリオットのことを全然考えてなかったから」



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