終わりの始まり


昼間から激しく睦み合った二人がようやく熱を収める頃、周囲はぼんやりと薄暗くなっていた。
冷静さを取り戻してみると、部屋中は青臭く熱でこもっており、さらに宿泊施設のベッドを汚してしまったことにエリオットは青くなった。
業者にそのまま預けてしまえば何も言われないだろうが、陰では噂されるかもしれない。
しかしやってしまったものは仕方がない。
体液でどろどろのシーツを剥いで簡単に身を清めると、二人はベッドのヘッドボードに背を預けながら寄り添って座った。

エリオットの髪を愛おしげに撫でるジンイェンの顔はひどく幸せそうで、そしてだらしがない。
対して情事の熱から醒めたエリオットは、乱れに乱れていた少し前までとは別人のような平常さで口を開いた。

「……ジン、カルルはどうしたんだ」
「えー俺といるのに他のヤツのことなんか気にするんだ?」
「きみは……はぁ……。いや、いい。きみ、どうしてフェノーザにいるんだ? 遠くに行くって言ってた仕事は終わったのか」

エリオットの手を指を絡ませながら握り込んで、ジンイェンは少し考えた。

「んーとね、仕事は行ってない」
「え?」
「あのさ、兄貴が来たあの夜、俺すぐに家出たの。……兄貴を捕まえるために」
「捕まえるって……」

その意味を図りかねてジンイェンのほうに顔を向けたエリオットはすかさずキスをされた。
先程からジンイェンの行動がいちいち甘い。過剰にベタベタとして放そうとしないのだ。

「ん……あいつ、俺が追いかけてくるって分かってて待ってたんだよね。すっげームカつく。えーとそれで、翌朝カルルにもちょっと事情話して、俺、ヒノン行ってたんだよ」
「え、帰ってたのか?」
「家には帰ってないよ。ヒノンの端っこの、リーホァン一家のアジトの一つっていうのかな……本部の中継地点みたいな、まあそんな感じの場所」
「へぇ……」
「それで、色々と話つけてきたから」

ジンイェンの表情が真剣なものになる。その強い眼差しにエリオットはどきりとした。

「すぐ帰ってくるつもりだったんだけど出国に手間取っちゃってね。入国は兄貴がいたからそうでもなかったんだけど……。
 ほら、もうすぐ大陸会議があるじゃない? 今回51年ぶりにヒノンでやるから管理官が厳しくてさ」
「ああ……そういえばそうだな」

大陸会議は三年に一度、大陸中の国々のトップが集まって行われる会談で、国同士の牽制や、各ギルドの活動報告など、様々な思惑が交錯する場である。
前回はメルスタン領の国が会場だったとエリオットは記憶している。

「ジョレットに帰ってきたらもうアンタの学校の対抗戦の日だったから、様子見に行こうと思って。カルルにも話したらあいつも一緒に行くって言い出してさ」
「……どんな手口で侵入したかは聞かないが、あまり無茶はするな」
「ていうかね、俺、怒ってるんですけど」

ジンイェンにぎゅうっと強い力で手を握られ、エリオットは思わず痛みに顔をしかめた。

「お、怒ってるって、なにを?」
「あのねー、ダンスパーティーってなに? あの赤毛のゴージャスな美人さん誰?」
「え、あ、いや」

にっこりと笑うジンイェンの目が冷えている。演習場でのセシリアとのやりとりを見られていたと知って、エリオットは慌てた。

「あの、ち、違うんだ! 彼女は同僚で、友人だから……こ、恋人がいるからと言って断ったんだが……。いや、僕もきみとのことでちょっと自棄になってて、つい約束してしまったが」
「へーそうなんだ? 俺さーしばらく落ち込んじゃったよ? エリオットは俺のことなんかいらなくなっちゃたのかなーって」
「そ、そんなんじゃない!」
「ああそれにさぁ、あのラルフってヤツなんなの? アンタが触られてるの見てめっちゃくちゃ気分悪かった」
「それも……その、あいつは学生時代の友人で、あんなことするような男じゃなかったんだ……本当に、んっ……」

言い終わらないうちに唇を強引に塞がれ、そのままねっとりとした濃厚なキスを仕掛けられて、エリオットはしばらくそれに酔った。
唇に舌先が触れたのを合図に素直に舌を差し出すと、軽く歯を立てられる。ぴりりとした痛みが走って、怒っているというのは本当のようだと実感する。

「……まぁいいや。とにかく、もー俺だけ見ててね。誰に誘われても全部断って」
「わ、わかった」
「ほんとにわかってんの? 俺、アンタと付き合うまで自分でも知らなかったけど、マージーで嫉妬深いよ。次同じことあったらエリオットのこと監禁して朝から晩まで犯しちゃいそ」
「ぶ……物騒なことを言うな」

頬を引きつらせながらエリオットが言うと、ジンイェンはニヤニヤと不敵に笑いながらその体を引き寄せ抱きしめた。
触れ合う温い体温と素肌に伝わる鼓動に、安心感と心地良さが湧き上がる。

「……嫌な思いをさせてすまなかった。僕にはきみだけだから」
「うん。……俺も、ごめん。不安にさせたよね」

エリオットの滑らかな素肌を撫で、はぁ、とジンイェンが溜息を吐く。

「そもそも俺の態度がいけなかったって分かってるんだけどさ。それで……ちょっと、話していいかな」
「ん? 構わないが、何を?」
「俺のこと。兄貴……フゥと話して色々とわかったことがあってね」

ジンイェンは体を一度離してエリオットの背後に回りうしろから華奢な体を抱き込んだ。
ヘッドボードへと寄りかかると、つられてエリオットもジンイェンにもたれかかる体勢になった。それが存外しっくりとくる。
耳元でジンイェンの低い声が囁いた。

「――ヒノンのことは、エリオットのことだから知ってると思うけど」
「まあ、一般常識程度は」
「共和国っていうのは表向きで、実際、天司は各州の豪族――貴族の持ち回りなんだってことも知ってる?
 一般国民はどんなに優秀でも長にはなれなくて、決まった貴族の中から選ばれるんだよ」
「ん……いや、ヒノンは数年ごとに選挙を行ってなかったか?」
「うん、四年ごとに形だけの選挙が行われるんだ。でもね、続けて五回当選するんだよ。二十年は同じ天司ってことになるね」

ヒノンは対外的に閉鎖的な土地ゆえ詳細な政治体制などはあまり知られていない。
王族や執政官など政治に関わる人間ならば詳しいのだろうが、他国の一般市民であるエリオットはその事実に素直に驚いた。
王政でもないのに同じ長が長いこと執政しているのを疑問に思ったことはあるが、そんな背景があったとは知らなかったのだ。

「仕組まれた選挙君主制ってわけか」
「んーん、っていうより貴族共和制だね。天司だけじゃなくて政治はほとんど豪族がやってるから。それで……俺の本当の生家、シャオ家もそのうちのひとつだったんだよ。
 つまり、俺は天司になれる家の生まれだったんだ。って言っても俺は四男だし長になるなんて絶対にありえなかったんだけどね」



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