4


突然黒竜が火炎交じりの咆哮を上げた。
鋭い音を立てて校舎の壁や窓に細かくひびが入る。それらは粉々に砕け、割れた瓦礫や硝子の破片が再び降ってきた。
細かい破片が肌や服を切り裂いたので硝子が目に入らないよう腕で防いでいると、その隙を狙って、黒竜が雷鎖の大元であるエリオットに向かって火を噴いた。

間近に迫る火の勢いに恐怖に駆られるが、それを精霊王の白い氷の壁が阻んだ。
火を噴くタイミングに慣れ、ラルフの術はだんだんと精度が上がっているようだ。

エリオットは杖を握り込み、眷属の群れを少しずつ引き寄せた。
雷鎖に引かれて徐々に黒竜が地面に向かってくる。黒竜が暴れるが決して拘束は解かなかった。
ジンイェンも引き摺られているエリオットの体を強く抱きしめて必死に留める。

そうして射程圏内に入った途端、ラルフの氷結魔法が黒竜を強襲した。

「<コンジェロ>!!」

地面から氷の蔓がぐんと伸び、黒竜の足元を捕らえた。
ぴたりと黒竜の動きが止まるとジンイェンはその隙を逃さず走り出した。
まるで飛ぶように氷の道を疾走し、黒竜の体をトン、トン、と駆け上がる。
エリオットは状況も忘れて思わずジンイェンに見蕩れた。
重さなどないようなその動きは何度見ても惚れ惚れする。そして臆することなく敵の懐に飛び込んでいくその度胸も。

ジンイェンは黒竜の翼の付け根に刃を突き立てると、その根元を容赦なく抉った。鱗に覆われた背中から赤黒い血が吹き上がる。
黒竜が甲高い雄叫びを上げた。叫びは校舎の壁に反響してその場にいる者の体をびりびりと震わせる。それは耳を塞ぎたくなるような醜悪な啼き声だった。

片羽を失った黒竜は棘の生えた長い尾で背中に乗っているジンイェンを薙ぎ払った。
その動きを止めようとラルフとエリオットが同時に魔術を放ったが、運悪く術同士がかち合って相殺してしまいジンイェンの体はあっけなく強靭な尾に跳ね除けられた。

「ぐっ!がぁっ!」
「ジン!!」

くぐもった呻き声と共にジンイェンが壁に叩きつけられる。投げ出された肢体は校舎の二階あたりから地面に力なく落ちた。
すぐさまジンイェンの傍に駆け寄りたかったが、怒り狂った黒竜を前にして安易に目を離すことなど出来ない。
ジンイェンは壁の瓦礫とともに地に沈み込み、そのままぴくりとも動かなくなった。

「ジンッ!!」

必死に呼ぶ。しかし黒竜は刹那も待ってくれない。もう一度棘の尾を振り上げている。
今度はラルフの氷魔法が過たず決まった。長い尾が白く凍り、エリオットは動きを止めたそれに向かって雷魔法を直撃させた。
尾が粉々に砕け散る。そうされると痛みを感じないのか黒竜が不思議そうに背を見ていた。

――これだ、とエリオットとラルフは同時に思った。
どちらともなく目が合い、そして頷き合う。
二人は慎重に間合いを計った。

黒竜は片羽と尾を失ったことでうろうろと地を踏み均しながら、どちらの獲物から襲い掛かろうかと少ない脳で考えているようだった。
そしてその凶悪な赤い目にエリオットを映すと、咆哮を上げながら黒い牙を剥いた。熱を孕んだ呼気がエリオットの体を包む。
しかし尾を失くした尻にラルフの魔術が炸裂し、黒竜は長い首をぐるりと回して怒り狂った瞳を背後に向けた。

「余所見、してんじゃねえよ、トカゲ野郎……!」

犬歯を見せてニィ、とラルフが笑った。
空元気で余裕を見せたのか、それとも本心から戦いを楽しんでいるのか――どちらかは分からないが、そんな彼を見てエリオットも不思議と自信が湧き上がった。
そうだ、ラルフはこういう男だった。少年時代に共に学び、酒を酌み交わした仲。
豪快な彼はどうあってもやはり友だった。

エリオットとラルフは再び魔術を叩き込む好機を見計らった。
黒竜は殺気立ち、長い首をもたげながら油断なく喉を鳴らして威嚇している。
空気は冷えているにもかかわらず、額から浮いた汗が滂沱として流れ落ちた。
限界まで張り詰める緊張感に呼吸もフーフーと自然に荒くなる。

睨み合いがしばらく続いた。長期戦になるかと覚悟したその時――。

「エリオット!」

愛しい声に名を呼ばれ、エリオットの瞳から涙が一筋零れた。
空気を切り裂きながら小刀が鋭く飛んでゆく。それは黒竜の片目にずぶりと突き刺さった。
黒竜が耳鳴りのする甲高い啼き声を上げるのを見届けたエリオットとラルフは、同時に頷き合った。


「<アルゲオ・カルディア>!!」


ラルフの最大級氷結魔法が発動する。
精霊王である氷獅子が咆哮すると氷粒が嵐のように吹き荒れ、それらは黒竜を包み厚い氷の膜でその全身を覆った。
血の一滴まで凍らせる恐ろしい術だが、火の如く熱い血液が流れている黒竜には数分程度しか効かない。
エリオットは間を置かず、己の魔術を行使した。


「<カエレスティス・フルメン>!!」


氷漬けになった黒竜に高位の雷魔法を打ち込む。
夥しい数の雷電の鳥は、上空から一斉に黒竜へと殺到した。
ドォン、と大きく地鳴りがする。

氷で白くなった黒竜は心臓部を含む体の中心にぽっかりと穴が開いた。
その雷撃の余波で残りの部分もパキパキと細かくひび割れていく。



――やがて、雪崩のような轟音を響かせて巨躯が崩れ落ちた。
黒い鱗に覆われた身体が粉々になって地面を埋める。



それは、永遠に息を吹き返す事のない、完全で、惨憺たる最期だった――。



prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -