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「<ヴェニーテ・ライトニング>!」

魔術に成功するとバチバチと周囲に火花が散った。雷電の青い鳥が舞う。
それを見てラルフがひどく驚いていた。当然の反応だろう。まだ協会に契約の申請すらしていない精霊王なのだから。
エリオットは世間的に未だ炎の精霊王としか契約していないことになっている。
一方でジンイェンはどこか誇らしげだった。

(そうだ、ジンや仲間と共に戦って手に入れた力なんだ――)

しかしまだ精霊王自身を呼び出せるほどには力が到達していないようだ。
眷属の鳥が放電しながら空を舞っている。術に対して熟練が足りない証拠である。

エリオットが雷魔法を食らわせると黒竜が怒ったように炎を撒き散らす。そのたびにラルフが氷魔法で相殺した。
それをかいくぐってジンイェンが黒竜の懐に滑り込み足元を斬りつけた。霜魔法を乗せた小刀は漆黒の皮膚を切り裂く。そうするとますます黒竜が怒り狂う。
凶悪な爪でジンイェンを切り裂こうとする動きをしたら、エリオットが雷魔法でそれを阻む。雷で痺れると黒竜はしばらく動けなくなるようだった。
自身が火の化身のようなドラゴンは完全に凍ることはないが、ラルフの巧みな術に翻弄され苛々しているようだった。

付け焼き刃の連携だがそれぞれの動きを注意深く見ていればやりたい事が分かる。
まずいと思った動きをしても、誰かが必ずフォローする。
今この時だけは三人とも命をかけた運命共同体だった。

すると、黒竜がその羽を一度伸ばして羽ばたいた。
逃げるかと思いその動向を三人が注視していると、壁に囲まれた上空で黒竜が停止した。
長い首を逸らし、威嚇するように大きな口を開けて下に向ける。その鋭い牙と真っ赤な口内のさらに奥、喉奥から赤々とした光がせり上がってきて――。

ジンイェンは舌打ちをして走り出し、エリオットを庇うように抱き込んだ。とっさのことでうまく受け止めきれず、エリオットは彼と共に地面に倒れた。
そして数瞬遅れて衝撃と熱波に襲われた。
エリオットは無我夢中で自分たちの周りに雷の壁を作ったが、相殺しきれずジンイェンの服が少し焼け焦げる。

黒竜が火炎の塊を中庭に向かって吐いたのだと、エリオットはようやく理解した。
ラルフの魔術で張られた霜がなくなり黒い地面を見せている。生えていた草花も焼失したようだった。
その威力にぞっとした。おまけに魔術の痕跡を感じて、ラルフが氷結魔法で威力を殺してなお、あの衝撃だったのだとわかる。

「あっちち……エリオット、平気?」
「きみの方こそ……」
「俺は大丈夫。つーか、あいつ飛ぶと厄介だね。手が出せないし火も噴いてくるし」

黒竜はそのまま場を去る気配を見せなかった。むしろ次の攻撃に備え、ぎらついた深紅の双眸で威嚇しながら腹を膨らませている。
ジンイェンは黒竜から油断なく視線を逸らさずに、エリオットへ早口に自身の考えを伝えた。

「とりあえず、足の腱切って出来れば羽ももぐ……ってとこかな?エリオット、あいつ落とせる?」
「わからない……がやってみる」

杖を握った手に力を込め、エリオットは迷いなく頷いた。
雷魔法はむしろ空中戦でこそ本領を発揮する。ラルフに視線を送ると、向こうも何か考えがあるかのような表情をしていた。

「僕が隙を作るから、ラルフにも作戦を伝えてくれ」
「わかった。頼む」

手短にそれだけ話すと、二人は同時に立ち上がった。獲物が動いたことで黒竜がギャアギャアと耳障りな威嚇音を上げている。
エリオットは杖を構えて意識を集中させた。
空中を舞っている雷王の眷属を統率すると、やや反発されたがそれらを無理矢理抑え込んだ。

「<フェルム・トゥニートロア>!」

青い鳥の群れが黒竜に向かって殺到する。
黒竜は空中では避け切れなかったようで魔術をまともに身に受けた。
感電したようにぶるりと巨躯を震わせるが、咆哮しながら火を噴いた。先刻のような大きい炎ではないが細かい火の玉があたりに散った。
しかしジンイェンが素早く伝令したようでラルフの氷の壁がそれらを防いでくれた。

ラルフと一瞬視線が絡む。すると彼が片手を上げ手信号でエリオットに何かを伝えてきた。
それは学生時代に仲間内でふざけて作った秘密の合言葉だった。
まさかラルフが覚えていたとは思わず、そしてこんな時に役立つことになろうとは、エリオットはなんとも言えない気持ちになり少しだけ笑みが零れた。

(あ、し……止め?なるほど動きを止めろってことか……)

呪文をいくつも思い出す。精霊は始祖種族の古い言葉しか解さない。もちろんそれより重要なのは魔力と精神力だというのは言うまでもない。
エリオットは杖を振って眷属を統率した。全ての精霊に通じる拘束呪文で命令を下す。

「……<シエヌ>!」

鳥の群れが再び黒竜に向かう。しかし今度は列を作り、黒竜に鎖のように巻きついた。
その雷鎖の端をエリオットの杖が担うと黒竜が暴れ回った。
筋力で抑え込む術ではないが、さすがに黒竜の巨躯を繋ぎ留めるのは骨が折れる。両足を踏ん張っても引きずられじりじりと動いた。

額に脂汗を滲ませながら杖を地面に突き立てて耐えていると、突然背後から温かいものに覆われた。
いつの間に来たのか、ジンイェンが後ろから腕を回し共に杖を握っている。
それがエリオットに力を与えてくれたのかどうか、雷鎖はその場にぴたりと固定された。

黒竜は鎖から逃れるように暴れまわり校舎の壁や窓へ滅茶苦茶にぶつかった。
窓が割れて硝子の破片が雨のように降り、ひときわ大きい破片がエリオットの頭上に落下してくる。
しかしその破片はエリオットにぶつかるや否やパンと音を立てて砕け散った。
エリオットが訝しく思いながら己を見ると、ほんのりと白い光に覆われていることに気付いた。それは魔術とは全く性質の違う不思議な光だった。しかしその光はすぐに消えていった。



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