漆黒の影
ラルフの口調も表情も今まで見たことがないような熱っぽさで、本気で口説かれているのだとエリオットは肌で感じた。
ジンイェンもたびたび同じような雰囲気を纏っては誘い文句を口にし、何度翻弄されたかわからない。
そうして巧みにベッドにいざなうのがいつもの彼の手だった。それと似ている。
「なあ、俺にしとけよ。俺のこと嫌いじゃないだろ。それに俺なら付き合いも長いしさ、気楽だろ?気持ちいいことも全部してやるし」
「い、いやだ……!」
耳の後ろから首筋にかけてラルフの肉厚の唇が這う。
エリオットの体はそれを快感だと判断し、ぞくぞくと体を震わせた。
「んっ……」
「おいおい誰に仕込まれたんだよ。その反応やべえな……可愛すぎ……」
「や、め……っ」
エリオットが力の入らない指でラルフのローブを掴み爪を立てたその時、東屋に鋭い音が走った。
驚いて音の方を見ると、ラルフの後頭部の傍にある柱に見覚えのある小刀が水平に突き刺さっていた。
突然のことに呆然としていると、強い力でラルフから引き剥がされる。
ぎゅうと腰を抱かれ、馴染みのある薄荷の匂いに包まれると涙が出そうになった。
「――アンタ、俺の恋人に何してくれてんの?」
「ジ、ン……」
それは、あれほど会いたくて堪らなかったジンイェンだった。
しかも頭髪が鮮やかな夕陽色に戻っている。出会った頃のような馴染み深いその姿に胸が熱くなった。
ジンイェンは一見してかなり怒っていた。ラルフを射殺しそうな視線で睨みながらも腰を抱く力に容赦がない。
一方これからというところを邪魔されたラルフが、闖入者を見て鼻で笑う。
「おい、ここは部外者が入っていい場所じゃないぜ」
「知るかよ」
忌々しげにジンイェンが吐き捨てる。
エリオットは突然のことに何と声をかけて良いか分からず、ただ彼にしがみついた。
そんなエリオットをジンイェンが優しい瞳で見下ろす。
「ごめんエリオット……本当に俺ってどうしようもないね」
気まずくなった夜のことだろうか、それとも今のこの状況のことだろうか――彼が何を言いたいのか分からずに、それでもエリオットは耳を赤くして抱きしめる力を強めた。
「ジン、違う、僕は……」
「お前か、エリオットを仕込んだ奴ってのは」
エリオットが言いかけるとそれを遮るようにラルフが声を張り上げた。
語らいを邪魔されたことにジンイェンが再び怒りの表情でラルフを睨む。
「ガッチガチのお堅いエリオットをよくもまああんな風にしたもんだな?」
「アンタこそ誰だよ。人のもんにベタベタ触りやがって。ふざけんな死ねよ」
「俺?俺はエリオットの昔馴染みだ。しっかしこいつって可愛い声で啼くのな。ちょっと見ないうちに色っぽくなってるし」
ラルフの火に油を注ぐような言葉にエリオットも腹が立った。それではまるで二人の間に肉体関係があるかのような言い草だ。
「ラルフ!誤解されるようなことを言うな!」
「何が誤解だよ。言ったろ?俺はずっとお前のことをそういう目で見てたんだよ。何回も口説いてたじゃねえか」
「し、知らない……」
ジンイェンがぴりりと殺気立つ。これ以上自分達の仲を拗らせたくなくて、エリオットは必死に弁解した。
「ジン、違うんだ本当に……僕は何も」
「……うん、分かってる。分かってるけど、すげームカつくからアイツ殴りたい」
「やってみるか、優男?」
挑発するようにニヤリと笑いながらラルフが拳を構える。
それを見たジンイェンは瞳を眇めた。エリオットをそっと解放して下がっているように手で制する。
「お、おい二人ともよしてくれ。まさかこんなところで――」
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