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「そういえば、ご家族は皆息災かな?」
「あ、ええ。両親きょうだい共に壮健です。上の妹は魔法使の職は選ばず、現在文官としてコーラントの執務局で働いています。下の双子の妹は魔術校で勉学に励んでおります」
「そうか。お元気そうで何よりだね。下の妹さん達はフェノーザではない他の魔術校に通っているのだったかな」
「はい。家から遠くない学校を選びましたので。義兄上のご家族はお元気でいらっしゃいますか?」
「ああ、皆変わりないよ。父は最近腰を痛めているけれど他は元気だ。妻はいま刺繍に凝っていてね。婦人会の集まりで忙しくて夫の私をほったらかしさ。
 もちろん息子達も元気だよ。もしも魔法使の素質があれば、ぜひ父の母校であるフェノーザに入学させたいね」

昔の大戦後、始祖種族が政策として当時の貴族に嫁入りや婿入りをさせたため、古い貴族の家には強力な魔法使の血が顕現することが多い。ヴィレノー家もその典型だ。
しかしクラジット伯爵家直系は代々魔法使は一人もいなかったとのことだ。
ティアンヌもエドワールも、その先祖も全てそうだ。
系譜を辿れば魔法使と添うこともあったようだが、次の代である子供に魔法使の力は一切現れなかったと聞いている。
これはティアンヌから口伝えに聞いたことなのでどこまでが本当のことかは判然としない。

かくいうティアンヌの父親もフェノーザの卒業生の魔法使で入り婿である。彼はエリオットの父親の先輩にあたり、年は離れているが学生時代二人は懇意にしていたようだ。
そしてやはりその子供であるエドワールとティアンヌには魔法使の才はなかった。

エドワールの息子はたしか9歳と3歳だったとエリオットはふと思い出した。魔法使の素質があればそろそろ顕現してもおかしくない。
魔法使かそうでないかを見分けることは簡単だ。それは精霊が見えるかどうかにある。また訓練すれば稀に見えるようになることもある。

伯爵はおそらく孫が魔法使になることを期待しているのだろう。
一方でエドワールは、どちらでも良いといった印象を受ける。

「……すっかり話し込んでしまったね。時間を割いてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。せっかくいらして下さったのですから、どうぞ楽しんでいって下さい」
「ああ、魔法使の模擬戦を見るのは初めてだからとても期待してるんだ」

周囲の空気が和むような柔らかい笑みを浮かべるエドワールに、エリオットも微笑んだ。親愛の軽い抱擁を交わして別れる。
するとちょうど来賓席に来たラルフと鉢合わせをした。
厳しい表情をした中年男性――リゲラルト第三師団長閣下だ――に伴われていたので、互いに軽く目礼だけしてその場を離れた。


二日目の挨拶と新たに加わった来賓の紹介のあと、第一試合目の生徒の名前が宙に浮かび上がった。十時ちょうどに開戦となっている。
エリオットは杖を持って演習場の脇に控えていた。午前中は負傷した生徒の手当てや介抱の当番に割り当てられている。
同じく当番のセシリアの姿もあり、彼女は自然にエリオットの隣に並び立った。

「おはようございます、アンスラン教授」
「おはようございます。……今日は楽しみですわね」
「ええ、まあ」

セシリアが暗に今夜のダンスパーティーのことを仄めかしてくる。
エリオットは気分が落ち込んだ。やはり安易に約束などするのではなかったと。

「昨日は良く眠れまして?」
「ええ」
「私は今日のことを考えていてなかなか眠りに就けなかったんですのよ。ドレスが合うか不安で……」
「あなたならばその心配はないでしょう」
「まあ、お上手」

セシリアが口元を指先で押さえて可愛らしい笑い声を上げる。
今日の彼女はいつにも増して上機嫌だ。

「ところで来賓席のトラト執政官とお会いになりまして?」
「まさか。僕のような民間人が声をかけられるような方じゃありませんよ」
「あの方は私の生家の顧客ですの。私も幼い頃から良くしていただいてますのよ。よろしければご紹介しますわ」
「……お気遣いありがとうございます」

どことなく自慢げなセシリアと小声で話をしていると、ふっと目の前が翳った。
訝しげに前を向くと、そこには黒のローブ姿の少年の姿があった。学校指定のローブは生徒の証である。
長めの金髪をうなじの辺りで括り、澄んだ青い瞳は少し緑がかっている。背はエリオットより少し高く、少年と呼ぶにはいささか大人びていた。


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