予想外の騒動
次の日の朝、身支度を整えて外に出るともう生徒達はちらほらと演習場に集まっていた。
二日目の今日は最大の目玉競技があるので席取りをしにきているのだろう。また来賓も前日より増えるので席が増えていた。
エリオットが同僚達に朝の挨拶をしているとモーガンがやってきた。
朝から嫌な顔を見たとばかりに眉間に皺が寄るが、すぐに気を取り直した。
「おはようございます、モーガン准教授」
「ああヴィレノー准教授?おはようございます」
今気付いたとばかりの白々しい態度でモーガンが挨拶を返してくる。
しっかり目が合ったはずなのだが、その素振りにエリオットは呆れ果てた。
「いやはや昨日は盛況でしたな。生徒達も大いに楽しんでいたようだ」
「はぁ、仰る通りです」
意外と普通の会話にエリオットは拍子抜けした。やけに機嫌が良さそうだ。
しかしモーガンはこっそりと声を潜めてエリオットだけに聞こえるよう話を振ってきた。
「……昨日、宮廷からのお客人と親しく話をしていたようでしたが、どのようなご関係ですかな?」
それか、とエリオットは呆れた。まったくモーガンの知りたがり癖は治らないものだ。
「あれは私の学生時代からの友人ですよ。気になるのでしたら紹介しましょうか」
「いえ紹介などと、私のような者が畏れ多い。あーいやしかしそこまで仰るのなら――」
満更でもないという顔でモーガンが早口で謙遜する。
口元がぴくぴくと笑い出しそうに動いていた。
「ああ、そうですな時間があればそうしてもらいましょうか。いやいや私も多忙ですので時間が取れるかどうか」
「そうですか、残念です」
「あっ!ああいや、ヴィレノー准教授が計らってくださると仰るのなら、時間を割くこともやぶさかではありませんがね!」
紹介して欲しいのか欲しくないのかといえば、非常にして欲しいのだろう。宮廷魔法使との交友関係があるというだけでも自慢になる。
しかし自分から躍起になるのは矜持が許さないので「エリオットがどうしても言うので」という体裁を取りたいのだということがありありと伝わってくる。
エリオットは嘆息して来賓席を見やった。
来賓付き添いの人々が席を磨いたりクッションを確かめたりしている。ラルフはまだ来ていないようだ。
不意に、一人の人物と目が合った。
「……では、私はこれで失礼します」
「ああはい、そうですな。またあとで、ええ、私が忙しそうにしていても気兼ねなく声をかけてくださって構わな――」
モーガンの言葉を全部聞き終わる前に、エリオットは足早に来賓席へと急いだ。もしもいなくなってしまっていたら、次に捕まえるのは難しいだろう。
階段を駆け上がり、談笑している付き添い人達を避けて来賓席へと辿り着く。
目的の人物を探すと――確かに、いた。
おそらく彼のほうもエリオットを待っていてくれたのだろう。彼が柔らかく微笑んだ。
エリオットは息を整えて彼の前に立つと深く丁寧にお辞儀をした。
「お久しぶりです、義兄上」
「嬉しいね、まだ義兄と呼んでくれるのかい?」
嫌味ではなく、素直に喜んでいる様子が好ましい。
朝日に溶け込みそうな白金の髪は綺麗に撫で付けられており、昼間の海のような碧い瞳がエリオットを映す。
彼を見ていると否応なくティアンヌを思い出す。それほどまでに、彼――エドワールとティアンヌは良く似た兄妹だった。
エドワールが微笑むと目元に皺が出来る。それすらも魅力的に思えるくらいに優しい笑顔だ。
「今日義兄上が来られるとわかっていればお迎えに上がったのですが……」
「いいんだ。私は今日、父の代わりに招待を受けた身なんだ。気遣いはいらない」
「そうでしたか。……驚きました。クラジット伯爵は毎年招待を辞退されていたので」
「ああ、エリオットにそうやって気を遣わせるのが分かってるから辞退してたんだよ。今年もそうするつもりだったみたいだけど、ちょっと面白いことが起きたのでね」
「面白いこと?」
ふふ、とエドワールが上品に笑う。
「先月、きみ謹慎を受けただろう。父のところにも連絡が来たよ」
「あ、そ、それは……その節は、伯爵預かりの身で不名誉なことをしてしまい申し訳ありませんでした……」
「いやいや、いいんだよ。むしろ父は喜んでいたよ。エリオットは昔、少しばかり無茶をする少年だったって。またそうなってくれたのならよくやったと褒めたいってね。
本当は本人が来るはずだったんだけれど、間の悪いことに予定が入ってしまっていてね。だから私が代わりに来たんだ」
可笑しそうに喉で笑われ、エリオットは羞恥に耳まで赤くした。
クラジット伯爵はフェノーザに莫大な出資をしている。その伝手でエリオットも准教授という籍を手に入れられたのだ。
毎年出資者も来賓として招かれているが伯爵はこれまで訪れることはなかった。それが、エリオットの不祥事を聞いて様子を見に来たのだろう。
「いえ、その、なにぶん謹慎処分など初めてのことですから……。学生時代ならいざ知らず、この年になってお恥ずかしい限りです」
「……妹が亡くなってから、きみがずいぶんと大人しい子になってしまったことを父はずっと気に病んでたんだ。きみのことは実の息子以上に可愛がっているからね。
でも、前向きになってくれたのなら私も嬉しい。あの子が亡くなってもう八年も経つんだからね」
「はい……」
エドワールの気遣うような優しい声音に思わずしんみりとしてしまう。
ティアンヌも彼と同じように人を落ち着かせるような話し方の気の優しい女性だった。
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