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「……そうか」
「むしろ旅団長不在の宮廷の方が痛手なんだけどな。さすがに謹慎は半順間中で解けたんだが、対抗戦の視察はあの方自ら辞退したんだよ。で、その穴埋めに俺が入ったってわけ」
「それは災難だったな」
「お前に会えるから俺としてはラッキーって感じだけどな。ていうか、噂を確かめに来たってのもある」
「噂?」

ラルフが面白がるようにエリオットを覗き込んで細い顎をするりと撫でた。

「例の旅団長の件に、凄腕の魔法使が絡んでたってな」
「……へえ」
「お前のことだろ、エリオット」

ずばり言い当てられ、エリオットは眉を顰めた。ラルフの手を鬱陶しげに払い除ける。

「だとしたら何だって言うんだ」
「いやー、あのオルギット旅団長と渡り合えるほどの強力な魔法使が起こした事件だって宮廷内で騒然としたわけよ。
 しかも相手がすっげぇ美人だって噂が流れてきたから、あの浮いた話のない旅団長の痴情のもつれかってみんな興味津々でな」
「…………」

その噂では相手はどんな魔性の美女かと思わされる。考えていた以上の低俗な噂話にエリオットは呆れて息を吐いた。

「で、俺はピンと来たわけだ。そんなのに思い当たるのはエリオットしかいねえってな」
「どうしてそこで僕なんだ。……僕は男だ」
「お前まだ分かってねえの?お前くらい美形だと男とか女とか関係ないだろ。しかもあの旅団長だぞ」
「くだらないな。きみたちはそんな話ばかりで他にすることはないのか?」
「その通り。宮廷なんて暇すぎて色恋沙汰くらいしか娯楽がねえんだよ。誰とくっついただの別れただの……まあ退屈な所だ。お前は来なくて正解だ」

ラルフとは学生時代、共に宮廷魔法使を目指した仲だった。
エリオットがその道を断ち教授職に就いたことをラルフは未だに根に持っている。怒りのあまり一度は絶った絆だが、一年ほど前にひょんなことから友情は復活した。
片や宮廷住まい、片や市井住みの准教授なので会う機会は少ないが、時々酒を飲みに行ったりしながら交流を続けていた。あの時は若かったなと学生時代のことを肴にして。

「本当に宮廷というのは羨ましくない所だな」
「だろ?まあ話は戻るが、そんなわけでフェノーザ出の俺が真相を確かめに来たってわけだ」
「それで?真相は分かったのか」
「それをお前に聞いてんだろ。実際のところはどうなんだよ」

火魔法競技の方から悲鳴と笑い声が上がる。
生徒の一人があとちょっとで氷が溶けるというところまできて、魔術の火力が強すぎて一気に火柱が上がったのだ。
氷の中には皮洋紙が入っており、それを燃やしてしまうと一気に減点だ。皮洋紙には特殊な魔力が込められているので端にでも火がつくと勢い良く燃え上がるのだ。
氷を早く溶かしても力の調節をしないと皮洋紙まで燃やしてしまっては元も子もない。学生には難しい競技だ。
同様の失敗をする生徒達が続出し、それを見た皆は笑っている。
エリオットはそれらが心配ないと判断すると乾いた唇を湿らせて開いた。

「……どんな噂になってるかは知らないが、僕が絡んでいるのは確かだ。ただ、大げさにすることもない話だ。そもそも旅団長殿とはガランズの魔物襲撃事件で偶然出会った知人でしかない」
「ああ、あれか。たしか連絡を受けて宮廷から二人ほど派遣されたんだったな。その一人が旅団長だったのか……」
「あの時はやけに対応が早かったな」
「まあな。特殊な連絡網があるんでな。どういう仕組みかは俺みたいな下っ端には知らされねぇけど、空間魔術を使って移動するから到着も早いだろうよ」

下っ端と言うが、ラルフもそれなりの規模の隊の隊長をしているということをエリオットは知っている。
三師団、十二旅団で構成されている宮廷魔法使。その中で若手の精鋭を集めた特攻部隊隊長、それがラルフの地位だ。
話は逸れたが、とラルフがやけに真剣な表情でエリオットを追及する。

「で、そこで旅団長と出会ってどうしてフェノーザに?」
「話すと長いんだが……事件の影響でこっちに帰れなくなってな。ちょうどフェノーザに用があったらしい旅団長殿がついでに送ってくれるというから、その厚意に甘えたんだ。
 それで――まあ、談話室で話をしていたときに議論が白熱して互いに魔術を行使してしまったんだ」

校内で通説として語られているものを当たり障りなく話すと、ラルフが訝しげに表情を歪めた。

「……それ、嘘だろ」
「本人がそう言ってるんだが」
「議論が白熱してって……お前、そんな性格じゃねえだろ」
「そうか?きみが知らないだけじゃないのか」

あとは知らぬ存ぜぬを通すだけ。エリオットは話は終わったとばかりに椅子の背もたれに体を預けて足を組んだ。
つまらなそうな仕草で肘掛けに頬杖をついたエリオットを、ラルフは尚も疑っているようだった。

「俺としては、お前が旅団長に言い寄られて魔術で撃退したって感じを推してるんだけどな」

当たらずも遠からずを言い当てられてどきりとする。さすが長年の付き合いは伊達ではない。

「……くだらないな。いかにもきみが好きそうな醜聞だ」
「だってお前、昔からその手のトラブル多かったし」
「別に多くはないだろう。僕は既婚者だしそんな物好きはそういない。――それよりきみ、そろそろ決まった相手は見つかったのか?」

その痛烈な返しにラルフは苦笑しながら肩を竦めた。

「身を固めるより適度に遊んでる方が気楽でな。好きにしろって親にも呆れられてるからよ」
「まあ色男の宮廷魔法使殿は、宮殿仕えのご婦人方との浮き名を流すほうがお好みだろうからな」

エリオットが冷めた目でじろりと見やると、ラルフは好色そうに笑った。

「そういうこと。大人の恋愛ごっこは楽しいぜ?お前も俺と遊ぶか?」
「そういうのはせいぜい同好の女性と楽しんでくれ。僕は興味がない」
「エリオットとなら本気でもいいけど」
「……きみ、いつのまに同性愛者になったんだ」
「俺は昔から男女どっちもいける」
「それは人生が楽しそうでなによりだ。くれぐれも僕を巻き込まないでくれ」
「はいはい、ティアンヌ嬢一途なお前の純情を汚す気はないって」


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