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ジンイェンが苛立ち紛れの声で背後の男を指した。

「兄貴っていってもコイツ、血縁じゃなくてリーホァン一家の奴だから」
「本当の兄だと思ってくれていいのに」
「で、何の用なの」
「親父からの伝言と、忠告をね?」
「忠告?」

ジンイェンが訝しげに聞き返す。フゥはこの体勢を崩す気はないらしく、エリオットは身動きできないまま二人を見上げた。
傍から見ればかなり間の抜けた体勢だが、指先すら動かせないほど場の空気は異様だ。

「そ。まずは伝言ねー。ロウロウはこっちで始末しといたから。つーかあいつ、僕らのシマの端っこでも悪さしてたみたいで親父が怒ってた。馬鹿だねぇ」
「そうかよ。まぁロクでもない奴だとは思ってたけどね」
「あと指輪は見つかったか?って親父が言ってた」
「……!何でそれ――」
「知らないはずないでしょ。可愛いジンのことなんだから。ま、一人でやりたがってたみたいだから口出しはしなかったけど」

フゥの言葉にジンイェンはがっくりと肩を落とした。
知られていないと思っていたことが知られていたという事実が非常に格好悪くきまり悪い。

「くそっ……すげー恥ずかしいじゃん、俺」
「親離れが寂しいって親父やけ酒してたよー。顔見せに来ると思ってたのに来ないしさ。だから仕事休んで僕が来たんだって」
「……あーそうなんだ」

行為を中断されたことを許しがたいジンイェンはおざなりに返した。その態度にフゥが大げさに溜息を吐いた。

「それから忠告ね」

声をぐっと潜める。表情が見えない分それだけでフゥはかなり冷たい印象になった。

「――その男、早いところ切っておけよジン」
「……兄貴」

ジンイェンの声も低くなる。エリオットもその言葉はさすがに聞き咎めた。

「エリオットと本気でこの先上手くいくと思ってるの?彼、貴族の長男なんだろ。しかも魔法使の先生って。遊びもほどほどにね」
「俺は別に……」
「親父はお前に跡目を継いでもらいたいと思ってるんだよ。早く帰って来い。リーシンも待ってる」
「俺は継ぐ気はないって何度も言ってるだろ!リーシンだって――」
「あの娘、ジンの帰りを待ってるよ。ずっとね」

ジンイェンは口をつぐんだ。突然出てきた女性の名前にエリオットも動揺した。
首筋に当てられたナイフが肌にぐっと食い込み、真っ赤な血が一筋流れた。

「……よく考えろよ。お前はリーホァン一家の跡取りなんだからな」
「兄貴が継げよ。お前の方が強いんだから」
「僕は仕事があるからね」

『強い』という部分は否定せずにフゥが肩を竦めながらナイフをあっさりと引いた。

「……と、言いたいことはそれだけ。じゃあね、ジン。とにかく近いうちに家に顔出せよ」
「…………」

フゥは一体どこから家に入ってきたのか、そしてどこへ去っていったのか全く分からなかった。ただ気がついたときにはその姿はなかった。

彼が去ると気まずい沈黙だけが残った。
ジンイェンはエリオットの上から退いて両手を合わせた。

「ホンットごめんエリオット!あいつ、昔から俺に嫌がらせするのが生き甲斐でさ……」
「いや……」

完全に情事の熱が冷めてしまって、エリオットも起き上がって上着を着込んだ。こんな場面を他人に見られてまで行為を続ける心臓は持ち合わせていない。
ただ、聞きたいことがいくつもあった。それを口にしてしまって良いのかどうか逡巡しながら視線を彷徨わせた。
何も言わないエリオットの心情を察して、ジンイェンの方が先に口を開く。

「……あいつ、フゥは天司お抱えの暗者なんだよね」
「天司って……まさかヒノンの国長か?」
「そ。暗殺や密偵とかなんでもやってる奴。ロウロウのことでそのうち一家の誰かが来るかなとは思ってたけど、まさかあいつが来るとは思わなかった」

暗者は盗賊よりもっと血腥く、闇の社会に生きる者だと言われている。その正体は不確かでエリオットのような一般市民が普通に会えるような人種ではない。
それが、ジンイェンの身内だと聞かされてエリオットはぞっとした。

「……ジンが跡取り?」
「いやいやいやないから!俺ずっと断ってるんだよ?そんな器でも柄でもないし、つーか面倒そうだし。今の生活が好きだからさ」

しかしフゥは本気のようだった。
たとえ本人が断ったとしても最終的にはそうなると確信しているような口ぶりで――。

「リーシンって……」

エリオットが思い切って切り出すと、ジンイェンは苦いものを飲み込んだような渋い表情になった。言いにくそうに口を開く。

「リーシンはその……妹分っていうか、ヒノンにいた頃、俺が面倒見てた奴」
「恋人だったのか?」
「……いや、そういうんじゃ」

ない、とジンイェンの声が小さくなる。
何か思うところがあるようだ。それだけでもエリオットは見たこともない女性への嫉妬に狂いそうだった。
怒りを滲ませた口調のまま、辛辣な言葉をぶつける。

「それで、僕のことは遊びだって?」
「あ、や……それはっ……」

言いかけて、ジンイェンが口を噤む。
エリオットは喉を詰まらせてジンイェンに背を向け、上掛けに潜り込んだ。
嘘でも違うと言い切ってほしかった。

「エリオット……」

傷ついたような揺れる声が聞こえたが無視をした。これ以上口を開いたら涙が零れてしまいそうだったのだ。
ジンイェンはしばらく黙って見つめてきたようだが、小さな溜息を吐いたあとベッドを降りた。

「おやすみ……」

ドアが閉まる音がして、エリオットは声を上げずに泣いた。
男の矜持をかなぐり捨て、慣れないながらも後孔を香油でほぐしてセックスの準備していた自分がとんでもなく間抜けに思える。

絶望的な気分でエリオットは眠りに落ちた。





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