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◇
次の日の気分は更に最悪だった。
昨夜飲み過ぎたせいで朝から二日酔いの頭痛と吐き気に苦しむ。
ベッドに潜り込みながら唸っているだけで一日が過ぎた。
夜になりようやく起き上がれるようになっても体は重く、水ばかりを飲んでは吐いた。
もう何度目かわからない嘔吐でげーげーと便器に向かっていると、不意に背中をさすられた。
エリオットは振り返ってその手を払った。
思ったとおり、ジンイェンだった。
「あの……俺、ベルから伝言聞いて……えっと……」
無抵抗の意を示すように両手を挙げながらジンイェンが気まずそうな表情をした。
エリオットは口元を拭いながら顎をしゃくった。それを受けてジンイェンが後ろについてくる。
洗面所で手を洗い口を濯いでから、エリオットはジンイェンを居間に促した。
エリオットがソファーにどさりと体を沈め腕と長い足を組むと、ジンイェンもおずおずと向かいに座った。
ジンイェンは一昨日見たままの黒髪だった。心なしか背筋を伸ばし、緊張の面持ちだ。
「……髪」
「…………」
「どうしたんだ?」
いきなり言いづらいことを聞かれたとばかりにジンイェンが難しい顔をする。
「……えっと、俺、しばらく帰らないって言ったよね?」
「ああ」
「それね、俺の故郷――ヒノンに帰るつもりだったんだよ」
突然の告白にエリオットは目を見開いた。まさか、そのつもりだとは思わなかったのだ。
「もちろん一時帰国でね?……あっちだといつもの髪はちょっと目立ちすぎるから色落としたんだけど」
「目立つとまずいことをしようとしてたのか?」
「……そういうこと。別にやばいことじゃないよ?その……」
ジンイェンがそっと視線を逸らす。
「……ごめん、何から言ったらいいかな……。まずマッジから連絡があって、……ってそうじゃないな」
ぶつぶつと独りごちるジンイェンがじれったくて、エリオットは苛立ちながらまず自分の聞きたいことを言った。
「きみ、先日ガランズにいたよな?」
「うん?まあ行ったけど……って何で知ってるの?」
「可愛い女楽士はきみの彼女か?」
「は?」
「暗黒通りで、女楽士と仲良く歩いていたのはきみだろう」
「いやいやいや……うん、確かに行ったけどね?楽士の子とも一緒にいたけど……そもそも俺、彼女とかいないから!エリオットだけだから!」
「でも腰を抱いて楽しそうに話してたじゃないか!」
「え?そうだったかな……あ、はい、ごめんなさい、癖でつい……。もうそういうことしないよ」
「……信用ならない」
じとりと睨まれて、ジンイェンは苦笑した。
「だよねぇ……。……あー!やってもない浮気を疑われるのってきっついね……本当にごめん、エリオット……」
エリオットは腕を組んで、謝るジンイェンからプイと顔を逸らした。
その仕草が思いの外可愛らしくてジンイェンの頬が思わず緩む。
「……なに笑ってるんだ」
「え?ああ、ごめん。って俺謝ってばっかりだね。……俺も聞いていい?どうしてアンタがガランズにいたのかとか、あの男は誰なのか、とか……」
ジンイェンは一昨日のことが未だ許し難いようで、あの男、の言葉で顔をしかめる。
エリオットも思うところがある分、決して平静とは言い難かったが、二、三度ゆっくり呼吸をして冷静さを装った。
「――話せば長いんだが」
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