氷解


エリオットは足をふらつかせながら帰りついたが家の中はジンイェンを思い出すのが嫌で入れなかった。
自暴自棄な気分で酒場へと足を向ける。強いアルコールに酩酊していれば、嫌なことを全部忘れられる気がした。

杯を重ね酒場の脂ぎった木のテーブルに突っ伏していると、同席する気配があった。

「……珍しいな、あんたみたいな人がこんなところで飲んだくれてるなんて」

ベリアーノだった。
一般人が集う酒場に彼がなぜと思わないでもなかったが、エリオットは話をする気にもなれずあっちに行けと手を振った。
エリオットの様子に気のいい彼が片眉を跳ね上げながら苦笑した。

「そう言うなって。あんた一人にしておくとジンに怒られそうだし」

ジン、の言葉にぴくりとエリオットの肩が跳ねる。

「あいつ、すっげー落ち込んでたぜ?あんたに酷いことしたってよ」
「……どうでもいい……」

もう、何もかもがどうでも良かった。恋人の強姦も、クロードに襲われたことも、謹慎も、全部忘れてしまいたい。
ベリアーノが肩をすくめる。

「どうでもいいってこたぁないだろ。まあ、完全にあいつのせいなんだろうが」
「……聞きたくない、何も……」
「おいおい」

エリオットがテーブルに突っ伏したままごろんと顔を背けると、ベリアーノはその華奢な肩を揺さぶった。

「あのな?ジンってやつはほんっとうにどうしようもねー奴だけど、恋人には一途だぞ」
「……いいからもう放っておいてくれ……」

ベリアーノにジンイェンと恋人同士だということがすでに知られていることも、もはやどうでも良かった。

「つーかな……あんたが無防備すぎて危なっかしいんだよ」
「……?」
「オレはそうじゃねーけど、男でもいいって奴はいっぱいいるんだよ。あんたは小奇麗な顔してるから余計さ」

そんなのは自分のせいじゃないとエリオットは内心悪態を吐いた。
それがジンイェンの気に障って、モーガン曰くクロードを誑かしたのだというなら他にどうすれば良かったのだ。

「ジンは心配なんだよ、あんたのことが。あいつがあんたに何したか知らねえけど、ジンにはジンなりの考え……が、あるんだし……たぶん」

自信なさげに語尾が小さくなるベリアーノをエリオットはちらりと半眼で見た。

「ジン、死にそうな顔で落ち込んでるからよ……ちょっと、話聞いてやってくれないか?」
「…………」

エリオットは起き上がってグラスに残っていた酒を一気にあおる。無意識に魔術を行使していたようで、グラスの中の氷は一瞬で溶けてしまっていた。
空になった杯を勢いよくテーブルに叩きつけ、ベリアーノを酔った目で睨んだ。

「……僕は明日から三日間謹慎だ」
「お……おう……」
「その間に家に来い、とジンに言ってくれ」
「わ、わかった……」

完全に目が据わり尋常でない様子のエリオットにベリアーノがこくこくと何度も頷く。

その後、エリオットは拒否したがベリアーノに強制的に水を飲まされ、ぐにゃりとしてまともに歩けない体を支えられながら自宅に帰った。



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