3
言いながらソファーから立ち上がったクロードの手が襟元に伸びてきて釦をひとつはずす。
そこには昨夜ジンイェンがつけた唇の真っ赤な痕があった。
エリオットははっと気づいて隠そうとしたが、それより前にクロードがエリオットの首に冷たい手を滑らせた。
「オルギット卿……?」
「クロード、と」
クロードの手がやんわりとエリオットの細い頸を握る。
「……クロード、殿」
「きみの声は、素晴らしいね。蕩けそうになる……」
クロードは両手でエリオットの頸を掴み、喉仏を撫でた。その手に不意に力が込められる。
「ク、クロー、ド……!?」
何が起こっているのかまだ理解しかねているエリオットが困惑しながらクロードの手を掻いた。
クロードはエリオットをソファーから引き上げテーブルの上に押さえ付けた。
そうされるとますます首が絞まり、エリオットは息を求めて喘いだ。
「かっ……はっ」
苦しさに絞め付けるクロードの手をがりがりと爪を立てて引っ掻いた。
信じられない気持ちでクロードを見上げると、彼は興奮したように呼吸を荒げながら笑っていた。
「いいね、素敵だ。その表情……」
気道が徐々に絞まる。エリオットは苦悶しながら足をばたつかせた。
それを抑えるようにクロードの痩身が圧し掛かってくる。
そして、とても、考えたくないことだったが――押し付けられたクロードの股間は固く盛り上がっていた。
「そそられるよ……エリオット……。魔物に締め上げられて苦しむ姿も良かったが、今の表情も美しいね……」
恍惚とした声で囁かれ、エリオットの目の前が憤りで真っ赤になる。
エリオットは無我夢中で指先を擦り発火させた。咄嗟のことで加減ができず爆発的な炎が天井まで燃え上がった。それが目元をかすったらしく、驚いたクロードの手が止まる。
クロードが水魔法で燃え上がった魔法火を消火すると、ほのかに髪が焦げる悪臭がした。
エリオットはクロードの絞首から開放され、急に入ってきた呼気にむせた。
ごほごほと咳をしながら新鮮な空気を吸うが体に力は入らなかった。
「あ……」
クロードが信じられない、といった様子で顔を青ざめさせた。
「す、すまないエリオット……私は……」
「……どういう、つもりですか……!」
首をさすりながらしゃがれた声でエリオットが非難すると、クロードは絶望的な表情で震える唇を開いた。
「わ……私は……私は、人に言えない、性癖があって……」
「……?」
「き、きみのような美しい男性が苦しみ、悶える姿に、興奮するんだ……」
性癖など人様々だろう。だが、それを同好の士でない者に向ける行為にエリオットは吐き気がした。
「本当に、すまなかった……だから、私は――」
クロードが言いかけた時、談話室に人が駆けつけてきた。
間の悪いことにモーガンが一番乗りだった。
「今、魔術が行使されたようですが何事ですかな?」
モーガンがエリオットの醜聞を掴んだとばかりにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
エリオットはテーブルから体を起こし、頭を垂れた。モーガンのいやらしい表情を見たくなかったからだ。
「学内の決められた場所以外での魔術は、生徒も准教授も禁じられているのをご存知ですな?」
「……重々、承知しています」
「待ってくれ准教授殿。これは私のせいで――」
「宮廷魔法使殿とはいえ、卿は部外者です。お黙りください。さてさて、これは重大な規則違反ですぞ」
エリオットは唇を噛んだ。そうしているうちに続々と人が集まる。好奇の目に晒され、エリオットはこの場から消えてしまいたかった。
しかし、騒ぎを聞きつけたフェリクスが来て場の空気が少し緩む。
「それで?何があったんだいエリオット君」
「フェリクス教授、それは――」
嬉々として説明しようとしたモーガンを、フェリクスはぴしゃりと遮った。
「きみは黙っていたまえアンソニー君。僕は本人の口から聞きたい」
「……私の、過失です。どうぞ罰を、フェリクス教授」
「いいや彼は何も悪くない!私がエリオットを怒らせたせいだ……どうか寛大なご処置を、フェリクス殿」
ざわざわと皆が囁き合っている。突き刺すような視線が痛い。もうこの場にこれ以上いられない――。
血の気の失せたエリオットの顔を見てフェリクスは少し考えていたが、静かに、落ち着かせるように判断を下した。
「――ではエリオット・ヴィレノー准教授は、禁じられた場所での魔術使用の罰として三日間の謹慎を命じる」
「……はい……」
「そしてクロード・オルギット旅団長は私と共に校長へ事態の報告を」
「ええ、もちろん」
その言葉にモーガンが青筋を浮かび上げさせながら、唾を飛ばした。
「なっ……それは甘すぎですぞフェリクス教授!もっと厳重な処罰を――」
「しかしアンソニー君。行使された魔術の被害といえば、天井がほんの少し焦げただけだ。これ以上の判断は校長に委ねるのがいいだろう」
「う……っ、しかし……」
「他に異論は?」
しんと静まり返る。誰も異議を唱える者がいないとみたフェリクスは解散を促した。
事態をなんとなく察しているらしいフェリクスに労われたのを契機に、エリオットは呆然としながら学校を出た。
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