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晴天に向かってそびえ立つ白い外壁のフェノーザ校に着くと、エリオットは一心不乱に溜まった業務を片付けた。
クロードとの関係を聞きたそうにしている同僚や生徒などを冷めた態度で拒絶する。
彼らにとっては普段どおりのエリオットの態度なので、それ以上は何も聞かれなかった。
しかし紫髪の少年、ジェレミだけはしつこくエリオットに廊下で纏わりついてくるのが厄介だった。

「ねーねー先生!オルギット伯爵とどんな関係なの!?」
「……何も。卿には良くしていただいてるが、ただの知人だ」
「え〜ウソでしょ!?一緒に学校に来たし、先生もなんかいつもよりキラキラしてて格好良かったし〜なんだかいつもと違うすっごいイイ匂いしたよぉ?」
「僕が困っていたから手を差し伸べてくれただけだ。あの方は分け隔てなく誰にでも心を砕いてくださるよ。もちろん、きみにもね」

エリオットが当たり障りなくそう応えると、ジェレミが丸い頬をもっと丸く膨らませた。

「そんなことないよお。先生がカッコよすぎるからいけないんだ〜」
「……馬鹿なことを言ってないで早く寮に戻りなさい」
「はぁい……」

ちょうど良く本日最後の鐘が鳴った。これで寮生は自室に戻らざるを得ない。
ジェレミからようやく解放されて准教授室に戻ると、問題のクロード当人がいた。
同僚たちは上にも下にも置かぬ歓待ぶりで彼に茶などを出していた。

「やあエリオット。待ちかねた」
「……どうも、お待たせして申し訳ありません」

クロードが優雅にティーカップを傾けながらソファーにゆったりと体を預けている様は、この雑多で狭苦しい部屋が宮廷の一室だと錯覚させるようだった。
若い女性の准教授仲間のスメラータなどは頬を染め上げてうっとりとため息を吐いていた。

「お話ならあちらで聞きましょうオルギット卿」
「わかりました。美味な茶をありがとうスメラータ嬢」

クロードがにっこりと微笑むと、スメラータは女中のように膝を軽く折ってそれに応えた。
エリオットは手に持った教材や本などを自分に宛がわれている机の上に放り投げて早々に部屋を出た。

クロードが隣に並び立ったので、エリオットは彼を伴って談話室に入室した。
いつもならば少ないながら教員が利用しているのだが、今は他に誰もいなかった。

エリオットとクロードが一人掛け用のソファーに腰を落ち着ける。
茶などはないが、エリオットはそこまでゆっくり話す気はなかった。
クロードがひとつ息を吐いて、早速切り出してきた。

「……どうやら私はきみを怒らせてしまったようだね。昨日の我侭を反省している」
「いいえ……僕は怒ってなどいません。あなたが謝るようなことは、何も」
「けれど、今朝会ったときからずっと、昨日とは感じが違ったから」
「重ねて言いますが、決してあなたのせいではありません。ただ、自分が精神的に未熟なせいです」
「と、言うと?」
「……これ以上はつまらない私情になりますので、どうかご勘弁を」

エリオットが丁寧に断りを入れると、クロードもその先の言葉を飲み込んだ。

「あと……お借りした衣服とローブを返したいのですが、洗濯屋に頼みましたので少し時間がかかることをお許しください」
「あれは、きみに差し上げたつもりだったのだが」
「いいえ、いただくわけにはいきません。あなたのお心遣いはもう十分に受け取っております」
「……ならば、ガランズの私の屋敷に。運搬料金は、せめてこちらで払わせて欲しい」
「ご配慮ありがたく存じます」

話はこれでしまいだとエリオットが事務的に切ると、不意にクロードが言葉を重ねてきた。

「……本当は、あの男のせいなのだろう?」
「は?」

あの男と言われてエリオットは思い当たらず聞き返した。

「きみを送っていった昨晩、屋敷の前にいたあの男――」
「…………」

クロードが言っているのはジンイェンのことだろう。
エリオットは気づかなかったが、彼は知っていたのだ。ジンイェンが家の前に立っていたことを。

「……きみにそんな顔をさせるとは、妬けるな」



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