豹変


まんじりともせず眠れぬ一夜を明かし、エリオットは痛む体に鞭打って起き出した。
寝不足でも体が痛んでも出勤しなければならない。すでに幾日も休んで業務の穴を空けているのだ。

ジンイェンの姿は家のどこにもなかった。
今顔を合わせても怒鳴りつけてしまいそうだから好都合ではあったが、一晩経ってようやくエリオットにも冷静さが戻ってきた。

ジンイェンは昨日のことを一体どこから見ていたのだろうか。
もしかしたら馬車が屋敷前に到着したその時かもしれない。エリオットがクロードに親しくされる様を見て嫉妬したのだろうが見当違いも甚だしい。

そもそもクロードは男性だ。
ジンイェン以外の同性におかしな気持ちになどなりようがない。

そこまで考えて落ち着いたと思った頭にまた血が上る。
恋人だと思って甘い顔をしたのが間違いだった。やはりきちんと制裁を加えるべきだと考えを巡らせながら朝の準備をする。

鏡の前で顔を洗っているときに気づいたのだが、首筋に昨夜ジンイェンがつけたらしい鬱血の痕が散っていた。
しかも、服に隠れない人から見える場所にだ。

「……最低だ」

エリオットはいつもより襟の高い服を選び、うなじの髪を散らしてそれらをなんとか隠した。

そして寝る前に脱ぎ捨てたクロードから借りたローブを改めて見ると、昨夜の無体のせいでぐしゃぐしゃに皺が寄っていた。
洗濯屋に頼んでも元に戻るかどうか――この高級そうな生地にいったいいくらの値がつくのか、エリオットは考えたくもなかった。



朝一番でエリオットは狩猟者斡旋所の戸を叩いた。斡旋所は早朝から開いているらしく、すでに所内には狩猟者がちらほらといた。
窓口に並んでいるのは誰もいなかったので、エリオットはすぐに先日と同じ金髪の少女に声をかけた。

「いらっしゃいませ、どんなご用件でしょうか?」
「所長のランゼット殿はいるか?」
「所長はまだいらしていません」

どうするかとしばし考えたが、エリオットは少女に金貨袋を託した。どのみちこれはランゼットにしか開けられない。

「これをランゼット殿に。魔法使ギルドの依頼と伝えてくれ」
「かしこまりました。たしかにお預かりします」

少女もランゼットから話を聞いていたのか、あらかじめ用意してあったらしい証書に捺印をして渡してきた。
ジョレット出発前にエリオットが依頼を受ける証明として記名していたものだ。依頼人として証書の末尾にランゼットの名が記してあった。
証書は二枚あり、その一枚を受取証として受け取る仕組みになっているようだ。
そうして、ようやくランゼットからの依頼を終えた。

斡旋所を出てようやく肩の荷が下りたエリオットは、大きくため息をついた。
次はローブを預けに洗濯屋に行かなければならない、と歩き出したところで、背後からの馬車の音で顔を上げた。

馬車に描かれた見覚えのある紋にエリオットはうんざりとした。
馬車がエリオットの傍に停まり、窓が開く。

「……おはようございます、クロード殿」
「おはよう、エリオット」

また会おうとは言ったがその場の社交辞令のようなもので、まさか昨日の今日で再会するとは思わなかった。

「今からきみの家に迎えに行こうと思って」
「……何か、僕にご用件が?」

エリオットは固い声を出した。今は最悪の気分でとても愛想笑いなどする気になれない。

「私は今日もフェノーザに行くんだ。共に行かないか?」
「いえ、結構です。歩いて行きますので」

そっけなく言いながら歩き出す。もう放っておいて欲しかった。そもそも誰のせいでこんなことになったのかと内心で理不尽な八つ当たりをする。
クロードはエリオットの態度にひどく驚いていた。当然だろう、一晩経ったら昨日とは打って変わって冷たく突き放されたのだから。

「何か私が非礼を働いたのなら、謝る。だから、どうか馬車で話を」
「……いえ、あなたは何も……」

静かに謝られ、さすがにエリオットも子供じみた態度を恥じた。

「お話なら、フェノーザで願います。僕はこのあと寄らなければならない所があるので」
「……そうか、では、また向こうで」

クロードが気遣わしげな視線で何かを言いたげにしていたが、ややあって馬車を出すように御者に命じた。

エリオットは大人気ない自分を叱咤した。ジンイェンのこととなるとどうしても冷静を欠いてしまう。
胸を塞ぐ気持ちに折り合いをつけられないまま、エリオットはとぼとぼと煉瓦張りの道を歩いた。


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