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無表情の裏で、俺とのやり取りをそこまで喜んでいたとは知らなかった。わ、わかりづれぇ……。
でも、俺のことを特別だと思ってくれていたのはたしかだった。たぶんだけど、その延長で俺の告白を受け入れてくれたんじゃないかな。
喜之が実際どう思ってたかはわからないけど、そこはあえて聞くまい。いまさら野暮ってもんだよな。

肩に置かれていた手が腕を撫でながら下り、俺の、缶を持っていないほうの手に絡む。
そうして自分がいつもするように『例の癖』を俺の指に施しはじめた。くすぐったい。

「批評とは言ったけど守には技術的なことを聞きたかったわけじゃない。単に、お前とそういう話ができることが楽しかったからそうしてただけだよ。もちろん、面白いって言ってもらったときは書き手として満足だったけど」
「じゃあ……」
「うん?」
「じゃあ、『矢車の眼』を俺に見せなかったのは――」

言いかけて、口を閉じた。
本来の意味での批評を望まれてたわけじゃなかった。だから、賞を取るような大事な作品は俺みたいな素人には触らせなかったってこと?
ずしんと胸の中が重くなった。上がりきった気分がまた落ちていく。
中途半端な俺の言葉をどう受け取ったか、喜之は「あー……」と気まずそうに唸って口元を手で覆った。

「もしかして気にしてた?」
「…………」
「ああそうか、だからあれに関していまいち反応が鈍かったんだな」
「いや、いやいや……うん」

表面上、精一杯祝福してたつもりだったのに喜之にはお見通しだったみたいだ。
作品にしろ受賞にしろすごいと思ったのは本当だし、こんなのは俺の内面の問題だから喜之のせいなんかじゃ全然ないんだけど。
そう思いつつも、ここまで暴かれたら頷いてしまった。

「悪い、これも説明不足だったか。あれはお前に対する見栄というか……守へのサプライズプレゼントのつもりだったんだよ」
「さ、サプライズ?」

俺が考えていたこととは全く違う切り口の返答に戸惑った。
喜之は小説家を目指して脇目も振らず野心を燃やしていたんだと思ってた。なのにどうして俺?関係なくない?
困惑して何も言えずにいると、喜之は絡めた指を解いて俺の頬に手を置いた。

「お前は色々と俺を助けてくれたけど、そうされるたび、不甲斐ない自分を情けなく思ってた」
「ええっ!?なんで!?」
「小説家になるなんて大口叩いて勘当されたくせに、就職して自立してる守に比べて大学中退のしがないフリーライターなんて……ってね。だから、守を驚かせるつもりで賞に応募したんだ」

そのために自分の作風とじっくり向き合って大衆向けに練り、知名度と副賞の金額が大きい賞を狙って何度か応募してたそうだ。
作家として立身出世した確たる証を俺に見せたかったんだという。
彼のそんな気持ちなんて知らずに、別れを考えるまで卑屈になってたんですけど。馬鹿みたいだな、俺。

「『矢車』を書くにあたって、今までのお前の批評を参考にしなかったわけじゃないよ。それがあったうえでの俺だから。けど、守に喜んでほしかっただけなのに、黙っていたのが裏目に出たなんてな」
「う……」
「さっき言ったろ。俺がいま小説を書くのは、親を見返すためだけが目的じゃないって。お前と哀歓を共にしたくて書いてるんだよ」

この流れで「アイカンってなに?」とは聞けず口を噤んだ。
まあたぶん『愛感』とかそういうポジティブな言葉に違いない。……エロいな、なんとなく。あとでググろう。
そんなことを考えてる間に喜之が俺の頬をゆるやかに撫でる。そのうえ親指で唇をふにふにと押されてる。
ていうかさっきからやけに触ってくるのはなんでだ。

「……喜之、お前酔ってる?」
「酔ってない」

いやこれ酔ってるだろ確実に。普段は青白い肌がほんのり赤いし。
ボディータッチが多いのもやたらと饒舌なのも、酔いが回ってるから?ビール一本で?

「だ、大丈夫?」
「なにが?――それで、他に訊きたいことは?」

いや近いです喜之さん。
気が付いたら二人の間に隙間がない。いつのまに。
目を泳がせてたらノンアル缶を取り上げられた。中身が半分残ったままぬるくなってしまった缶の行方を追うも、端正な顔がさらに近づいてきてそっちに釘付けになった。

「あの、えーとそう!喜之の気持ちはわかった!うん!ありがとう!えっとそれで、生のアイドルってやっぱ可愛いの?」
「……は?」

おっと、心当たりがないって顔だ。聞き方が唐突だったか。

「いや、ずいぶん前にネットで吉野雪城について勝手に調べてたらたまたま知っちゃったっていうか……お前が本にサインしたって、アイドルの子のブログにあってさ。い、いつ会ったのかなーとか」
「? ……ああ、それか」

ネットで見たアイドルの名前を挙げたら、ようやく思い当たったのか喜之が動きを止めた。
これ以上仲違いしたくないのでわざと冗談めかして早口で続ける。

「う、浮気〜とか言うわけじゃねーから。ただそういう人って俺みたいな一般人だと会える機会なんてないし、本物ってどんな感じだったのか気になっただけでさ」
「浮気もなにも、俺だって会ってないよ」
「……へ?」

今度は俺のほうが固まった。そうしたら、頬を撫でていた手が俺の髪を梳いた。

「守が言ってるのはサイン本のことだろ?あれは出版社から依頼されてただサインしただけ。しかも百冊単位でまとめて家でね。あのときは腕が死んだな」
「なにそれどういうこと?」
「宣伝のうちだよ。出版社も商売だからね。著名人に配ったり、どこかのお偉いさんが欲しがってるから、みたいなのもあるとか。本の詳しい行き先は知らないよ。アイドルなんて初耳だな」

喜之はそう言って肩をすくめた。

「な、なんだ、そうだったんだ」
「女芸能人に会ったのになんで黙ってるんだって、俺に怒ってた?」
「そういうわけじゃ……」

ちょっと不機嫌そうに眉を吊り上げて俺をのぞきこんでくる喜之。そんな表情もゾクゾクするほど綺麗だ。

「浮気って言葉が出てくるってことは、まさか妬いたの?」
「う……うん、正直、ちょっと」
「勘違いも甚だしいね。俺には守だけなのに」

そういえば少し前にも浮気疑惑をほのめかせたらめちゃめちゃ怒られたんだっけ。
本人がどう思おうと喜之はその見た目でも世間で話題だから、もし誰かに言い寄られてたらって不安がどうしてもつきまとう。実際は俺の考えすぎだったわけだけど。

「ごめん……」
「まあ、俺がそう思われるような態度をしてたってことだよな。この際はっきり言っておくけど、俺は恋愛も性的な行為も全部お前が初めてだし、お前としかしたことないから」
「え、マジか」

てことは彼女がいたこともなければ俺とやったアレが初体験?それまで童貞だったの?マジで?
にわかには信じがたい。だって――。

「じゃあ小説の中の、あの……男女恋愛的な部分は?俺と付き合う前からめちゃくちゃ上級者みたいな感じの書き方だったじゃん」
「上級者?そんなの、周囲の観察と人から聞いた体験談でどうとでもなるよ」

どうにかなるもんなのか、それで。俺にはよくわかんないけど作家って……つーか喜之すごいな。
それにしても、これまた恥ずかしい勘違いをしてたことが判明した。
眉目秀麗という言葉をこれほどまでに体現してる彼が、プロのお店どころか他に経験すらなかったとは。


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