7


無言の食卓は気まずい空気が流れ続け、早々と容器が空になった。
どうにも間が持たず途方に暮れ、一日の汗を流してくるというのを口実に俺はその場を離れることにした。
すると、その間に喜之が食後の片づけをするというので任せた。一連のやりとりは事務的で短かった。

以前のように無表情を保ちながら淡々と接してくる喜之に、ホッとするより物寂しさを覚えてる。
彼がこんな風になったのはきっと俺が何かやらかしたせいだ。
駄目だ、自己嫌悪が止まらない。気分がどんどん沈んでいく。
とはいえ俺がやったことなら謝らなきゃ。今までだってそうして仲直りしてきたんだから。

気を取り直して浴室から出たものの、リビングは相変わらずしんとしていた。喜之も沈黙したままソファーにいる。
意識的にか無意識かどうかは知らないが、彼は指を触る癖がある。
親指から一本一本、マッサージするみたいにして順番にさすっていく。小指までいったら今度は逆の手の親指を擦る。その手の小指にいったらまた元の手のほうを親指から揉む。
話をしながらとかテレビを見ながらとか、とにかく手が空く場面ではよく見られる癖だ。
今もそうやって手を動かしながら前屈みに座り、目の前のテーブルをじっと睨みつけていた。

「風呂出たよ。喜之、ビールでも飲む?」
「……ああ」

話すきっかけとしてまず聞いてみると、喜之も応じる気があるんだってことがわかって胸を撫で下ろした。
缶ビールを取り出すために冷蔵庫を開けたら、中に鍋が丸ごと入っていた。喜之が作ったっていうカレーはこれか。
くそ、カレー鍋許すまじ。喜之に火傷させた罪は重いぞ!
報復として鍋を指で軽く弾いてから冷蔵庫を閉じた。

缶ビールを喜之の前に置くと礼を言われた。
俺も晩酌に付き合うつもりで隣に座り、同じメーカーのノンアルビールのプルタブを開けた。
俺はアルコールに強くないだけで酒の味自体は好きだ。だから家ではいつもこうして別のものを飲む。
泥酔した喜之ってのを見たことがないから、彼がどれくらい酒に強いのか実は知らない。ただ、酒の中ではビールが好きらしくてそればっかり買ってきては冷蔵庫に常備している。

しばらく二人して黙って缶を傾けた。タイミングを見計らいつつ半分ほど飲んだところで、喜之が先に缶を置いた。
テーブルの上にはスマホが置いてある。喜之のものだ。そこに和紙っぽい厚紙が下敷きになっていた。
喜之も同じところに視線を留めながら、彼のほうから沈黙を破った。

「悪かった、守。ついカッとした」
「はっ?えっ?」

いやそれは俺の台詞だし、そもそもお前そんな言うほどカッとしてなくない?
そう返そうとしたが、喜之がいやに深刻そうな顔で溜め息をついたから喉が詰まった。

「良かれと思ってやったことだけど、余計なことだったかな」
「そんなこと……」

あるわけないが、変にがなり立てた手前、恥ずかしさで顔を上げられなくなった。全然悪くない喜之のほうから謝られると立つ瀬がない。
たかがカレーひとつでどうしてこんな風になってるんだろう。火傷は見過ごせない事実だけども。
すっかり気が抜けてしまって、俺から謝るタイミングを見失った。
すると、また指弄りをはじめた喜之が言いにくそうに口を開いた。

「俺は今まで、守に対して色々と怠ってきた。普段の生活にしろ、態度にしろ」
「う、うん?」
「それを取り戻そうとしてるんだ。そこは理解してほしい」

別にないがしろにされたとか思ってないけど。ただ、喜之がそう感じていて努力してくれてるのはわかってる。
あと俺が怒ったのは喜之に仕事のほうを優先してほしかったからであって、彼の気遣いにケチをつけたかったわけじゃない。

「あの、喜之……」
「これまで圧倒的に言葉が足りてなかったのも自覚してる。だから、お前には正直に話すよ」

真剣な顔で言われて心持ち背筋を伸ばした。
俺の至らなさとかアホさ加減とかそういうぶっちゃけ話かと思いきや、喜之は何故かテーブルに手を伸ばした。
スマホの下に敷かれていた厚紙を抜いて「これを」と手渡してきたから、わけもわからずに受け取った。
それは、ざらざらした手触りの縦長封筒だった。見た目どおり和紙でできていて上品な薄緑色をしてる。

「手紙?」
「……今日帰ってきたらポストに不在票が入ってて、再配達で受け取ったんだけど」

夕方に届いたそれは出版社からの荷物だったそうだ。
仕事に関するものが色々と入っていた中に喜之宛ての手紙も入ってたそうだ。もちろん、作家・吉野雪城先生に。
もしかしてファンレターってやつ?さすが人気作家!
感心しながらその封筒をひっくり返し、差出人を見て驚いた。
男女の名前で、その名に覚えはないが、苗字が『下条』――。

「こ、これって……」
「俺の親」

ぽつりとつぶやかれた言葉に息を呑んだ。
――そう、五年ほど前に縁を切ったというご両親だ。
それを考えると俺も複雑な気持ちになった。
だから喜之、ずっと様子がおかしかったのか。

俺が何かしたせいじゃないのがわかって安堵したものの、別の問題が浮上したことに困惑した。手紙に何が書かれてたんだろう。
受け取った封筒をどうすればいいか喜之に目で問いかけると、「読んでいいよ」と言われた。
躊躇いつつも中の紙を取り出す。三つ折りにされた便箋を開いてみると、達筆かつ力強い手書き文字が目に入った。

内容は、喜之の著作『矢車の眼』の受賞に対する祝辞、その本を読んだこと、粗削りながらも惹きつけられる物語だったということ――要約するとこの三つだった。
華美に飾らない、平坦かつ的確な文面だった。
お父さんかお母さん、どっちが書いたかはわからないがさすが喜之の親御さん。言葉の選び方ひとつとっても無駄なく洗練されてる。
といっても親が子に送る手紙にしては他人行儀にも感じる。

喜之がどうしてそんなに苦々しげな顔をするのか意味がわからなくて、手紙を何度か読み返した。
息子を責めるような文言はどこにもない。ただただ、彼の為したことに肯定的な言葉だけを綴っている。

これの何が悪いんだろう?
もし俺なら親からこんな手紙が届いたとしたら、まあ恥ずかしいけど普通に嬉しいのにな。
むしろ長年の不和を解消するきっかけになりそうなもんなのに……。


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