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さらに二日後のことだ。相変わらずうす曇の本日ついに、誠二はじめ任期明け兵士の一団は辺境の砦から出立した。
都市部近郊勤めの兵士も一緒だからなかなかの大所帯。何頭もの馬が順序良く整列した光景は壮観だ。
俺、ファンタジー映画でこういうの見たことある!

なお、誠二は隊長ってことで前方で列を率いるとのことだった。
青毛のたくましい軍馬の背に乗った姿がなんともかっこいい。俺の自慢の親友です。
一方、俺は後方で旅の荷物とともに馬そりに乗せられた。
寒冷地を往くのでもっこもこの超厚着。一応VIP扱いだからひざかけまで用意されてるけど、その下はおなじみの腿ベルトだ。いやいや、文句は言うまい。
馬そりは思ったより揺れなくて乗り心地も悪くなかった。
そりを引いてくれているのは顔見知りのイケメン馬ネビメロ君。
歩行の邪魔にならないよう長いたてがみを世話係の人に編みこんでもらったようで、アンニュイ君から凛々しい君に変身した。

道中は旅の街道らしきところを通っていったから、いきなり道が悪くなったりってことはなかった。
半日進んだところで日が暮れる前に大きめの村に着き、そこで宿を取った。
砦と同じように俺と誠二は同じ部屋で寝た。

次の日も隊列は街道沿いにゆっくり進んでいった。
道の途中にいくつか休憩用の小屋が建っていて、そこで焚き火をして温かい軽食と飲み物で体を休め、また日が暮れる前に次の町に着いて宿泊した。

翌日からもだいたいこの繰り返しで、急を要するハプニングがあるわけでもなく、比較的のんびりした旅は約二週間ほど続いた。
砦から離れるにつれて雪と氷の厚みは減ってきて、晴れ間が多くなった。
また兵士の定期的な行き来は村や町にとって大事な収入源らしくて、どの拠点でもおおむね歓迎された。

そしてこの旅の間に思いがけない収穫もあった。
兵士たちはしばらく俺を警戒してた。だけど俺が本当に芸のない平凡野郎だとわかると少しずつ話してくれるようになったんだよね。
彼らはこういう旅も仕事のうちだからか、野外の料理が得意で、歌や笛といった娯楽が好きで、シャレのきいた話もうまかった。
そうなると不思議なもんで、打ち解けてしまえばお互いに連帯感が生まれた。そう――旅は人々の結束を強くする。
誠二が間に入ってくれたおかげってのが大きいけど。

男所帯はむさくるしくも自分も一員として溶け込んでしまえば気にならなくなった。
ここ一年はずっと女子に囲まれる生活だったわけだから、むしろ本来の自分を取り戻したような感じがした。



ある日、隊は街道をそれた丘の上にある小さな教会で休憩をとった。
尖塔の古い教会は旅の休憩所も兼ねていて、広い集会所が併設されていた。
寒さ対策に甘いホットワインをもらったもののあっという間に空になった。
そのあと集会所を出た俺は、やや離れたところに石造りのベンチを見つけた。座面に積もった雪を払ってそこに腰かけたら遠くの雪景色に目を凝らした。

雲は多いけど、太陽も青空も見えるいい天気。
白い雪に覆われた森の木々が綺麗だし、湖は青みを帯びたエメラルドグリーンだ。
淡いピンク色の不思議な羽の形をした鳥が飛んでる。
切り立った山々も一面の雪化粧で、こっちに来ることなく日本で暮らしてたら見られなかった絶景だと思う。
それだけじゃなくて近くに集落があるから、人の営みのぬくもりも感じられる。

実を言うと、誠二と誠二周りの兵士がミーティング的な話をするってことで俺だけ輪から締め出されたんですよね。
つまりやることがなくて一人の時間を満喫中。ぶっちゃけつまらん。
暇すぎて白い息をもわもわ吐き出してたら、いつしか「あー」と声が出た。
そのまま小声で歌いだしてみる。
歌ってるうちにだんだん気分が良くなってきて、知らず声も大きくなった。やがてサビにさしかかる頃にはほぼ熱唱になってた。

「――僕らにーぃ残された時間はぁ〜、あと〜どれっだけかなーぁぁ〜ぁ」

元の世界で好きだったバンドの歌だ。オムニバスドラマの主題歌で、中学の頃にこの曲を知ってバンドごとハマった。
軽快なメロディーなのにどこかしんみりとしていて耳に残り、大学生になってもプレーヤーでヘビロテしてた。
ところが久々に歌ったからか途中の歌詞を忘れちゃって鼻歌でむりやり繋げた。

「ンーフー……なんだっけ……ンーフフ〜……あっ、めいろぉのぉ彼方〜にー、君の手ーをぉーぉ引いてーえぇ、あーああ〜出てぇ行こ〜ぉ〜、はこにわぁワール――」
「懐かしいな、その歌」
「どぅわっ!?」

背後からいきなり話しかけられたんでびっくりして腰が浮いた。慌てて振り向くと、そこには誠二の笑顔があった。
アカペラの熱唱を聞かれることほど恥ずかしいものはない。恥ずかしさのあまり無意味な空咳やら変なジェスチャーをした。

「彰浩が学校とかカラオケでしょっちゅう歌ってたやつだ」
「う、うん。そうなんだけど、なんかちょっと歌詞忘れてさ。あっ!そっちミーティング終わった?」

気まずさをごまかすように不自然な話題転換をすると、誠二は俺の隣に座った。

「ああ、この先の行程の話をした。予定ではあと二、三日そこらで着くよ」
「えっ!?もう?近いんじゃん!」
「うん。だけどこの先の道で倒木があって通行場所が狭くなってるらしいんだよ。そうなるとそりが使えないから、彰浩をどうするかって話でちょっと揉めてさ」

ここまでの旅で馬もだいぶ疲れてるので、一頭に男二人乗せるのは苦しい。
ということは俺が徒歩で行くか乗馬訓練の成果を見せるかの二択だ。
前者だと到着日が予定より遅れてしまうが、ここまできたら多少の遅れは気にしなくていいから好きなほうを選べと言われた。

「うーん……正直、乗馬は自信ないです……」
「ちなみに馬に乗るならオレの傍を歩いていいってさ。ていうかみんなにそう承諾させた」
「マジで!?それなら頑張ってみようかな!誠二が近くにいるなら安心だもんな!」

誠二は本当に面倒見がいいし、だからこそ人望も厚い。フィノアルド補正があるにしても元の性格がいいからみんなに好かれるわけだ。
そんな彼にすっかり頼りっきりの俺だけど、誠二もそのほうが安心だと言ってくれるからありがたく甘えてる。
すると誠二は不意に顔を硬くした。何故か真剣な表情で俺を見据えてくる。
な、なんだ?またプロポーズですか?

「あのさ、彰浩にまだ言ってなかったことがあるんだけど」
「えっ、なに?」
「実はオレ――何人か知ってるんだよ。元の世界から、こっちに来た人を」
「……は?」

思わぬ台詞にぽかんと口が半開きになった。


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