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新入生歓迎会から翌日の昼休み。
授業終了後に席を立とうとしたそのとき、足の下でグシャッという音がした。
プリントか何かでも踏んだのかと思って机の下を覗き込んだら、オレの足元には横長の封筒があった。
あ、これコンビニ発行のチケットだ。やべ、思いっきり踏んじゃったし破っちゃったかも――そう思って確認のために中を開いてみた。
中身は、今月の末に開催されるストリートダンスバトルのチケット二枚だった。見覚えのあるそれは、オレも兄ちゃんと一緒に観にいく予定のものだ。

「あっ!!」
「ん?」

教室にダッシュで走りこんできたヤツがイキナリものすごい大声で叫んだから、反射的に顔を上げた。
そいつはオレの席までまっすぐに向かってきて、机の上に両手をバン!と置いた。

「ごめんっ!そのチケ俺のっ!」
「これ?あー悪い、机の下に落ちてたからちょっと踏んじゃってさ。破れてないか中見ちゃったんだけど」
「いいって、だいじょぶ!あー見つかってよかった!マジそれなくしたら、カナに怒られるとこだった!」

チケットを渡すと、そいつは笑って受け取った。
着崩した制服や耳ピアス、ゆるパーマのかかった明るめ色の髪とか見ると、オレと同じ匂いがする。

「……神林、だっけ?それバトルファイナルだよな。オレも同じの観に行くんだけど」
「えっ、マジで!?つかダンス見る系?やる系?」
「両方」
「俺も俺も!踊んのも見るのも超好き!あっ、つーか、カナにチケ渡さなきゃいけねーからお前も一緒に来いよ!」

神林に引っ張られるようにして昼飯を持って行った先は、ふたつ隣のクラスだった。
まだ入学したてのせいか教室で食べる生徒が多いみたいだ。その中に神林と似た雰囲気を持った、ほんのり赤系に染めたグランジツーブロヘアのヤツがいた。

「おい愁!お前マジでなくしたとか言わねーよな……って、ソレ誰?」
「俺のクラスのヤツ。えーっとなんだっけ、貝類みたいな名前だった気がする……あっ、そうそうサザエ!」
「寒河江な」
「もーややこしいなー。下の名前は?」
「ひさし。字は永遠の『永』だけど」
「じゃあエーちゃんでいいや。俺もシュウでいーから」

こうして愁によってあっさりオレの呼び名が決められた。
チャンづけはどうなんだよと思ったけど、愁はその響きがよっぽど気に入ったらしくて連呼されるうちに耳慣れしたからそのまま呼ばせた。
そして『カナ』っていうのはこの赤髪のヤツのことだった。カナなんて女っぽい名前だし、てっきり愁のカノジョのことかと思ったのに。
名前は須原奏兎。カナト、だからカナらしい。愁と奏兎はダンス仲間だと説明された。

「てかエーちゃんもファイナル行くのかよ。だったら一緒に行く?」
「こっち保護者付きだけど」
「ないわー」

愁と奏兎から息の合った盛大なブーイングが浴びせられた。
そのあと昼休みいっぱい使って二人のダンス歴からはじまり色々なことを聞いた。
それによると、ダンスに興味があった二人は多くのダンサーが練習をしてることで有名な公園に通っていて、そこで出会ったんだとか。
公園内でもともと顔見知りだったけど話すようになったのはここ最近らしい。

「この学校にもダンス部あんじゃん。そっちは?」
「んー……昨日の歓迎会で見たけど、アレってモダンとか前衛創作とかそーゆーのだよな。合わねーもん。つか、部活入る気ないし。エーちゃんは何部とかって決めてんの?」
「オレも入んねーよ。バイトあるし」
「バイトなぁ、俺もだわ。あ、じゃあ空いてる日あったら俺らと踊りに行かね?」

オレをそう誘った奏兎が屈託なく笑う。
その日の放課後に連れて行かれたのは二人が行きつけの公園だ。二人は公園常連の他ダンサーとも顔見知りだった。
だけど二人で組んでるのは、奏兎は母子家庭でバイトもあるし、愁の家のほうも親子関係が難しい感じで熱心な活動が難しいからだと、あとになって知った。
オレもオレで部活みたいな団体活動は嫌いだから、二人の付かず離れずなやり方は心地良かった。

愁と奏兎とは価値観が同じで気が合ったし一緒にいて気楽だった。特に愁は同じクラスってこともあって頻繁につるむ仲になった。
そのうちに由井は近くの席のヤツと仲良くなったみたいで、最初の取り決め通りにオレとは微妙な距離のクラスメイトになっていった。

夏休み前には遊び仲間がさらに増えた。正毅と祥馬だ。
二人は学校帰りによく行く大きめのゲーセンでダンスゲームをやってて、やたらと遭遇率が高いからなんとなく話をするようになった。
ゲームだと超難易度もこなせるけど、それより本物のダンスをやってみたいってことでオレらと踊りはじめた。

同い年でダンス仲間ができたおかげですごく楽しくて、一年のときはけっこう本気でダンスやってた。
だけど本気でやればやるほど、目立ったせいで恋愛関係のいざこざに巻き込まれることが多くなった。
自分がそれなりにモテることは分かってる。見た目もそうだけど、カッコ良く踊るための工夫や練習もしてたから。
踊ること自体は楽しいし好きなことに変わりないのに、周囲の雑音に嫌気が差してしまった。ただ、言い寄ってくるヤツのあしらい方だけはやたらと上手くなった。
なにより平行して由井のお守りもあったから精神的に疲れたってのが本音だ。

一年の終わり頃には、人の陰湿で暗い部分ばかり見続けたことが相当なストレスになってイライラが止まらなかった。
そんなわけでしばらくの間、踊るのをすっぱりやめることにした。本気で楽しんでやってる愁たちと比べて中途半端な気持ちのままじゃ悪いような気がしたから。
いつかまた踊りたくなるときが来るかどうかは、このときのオレには分からなかった。


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